拍手御礼小咄〜超おまけ番外編1〜


『失いたくない日常』


「ねえ香月、ご飯食べに行かない?」
「ああ、行く」

 夏休みのとある日。
 美咲に呼び出された俺は、気だるい身体に鞭打ちながら炎天下の中歩き始めた。
 時刻は丁度昼時で、一番暑い時間だ。
 すっかり夜型の生活が染み付いてしまった俺にとって、この時間に出歩くのはキツかった。

 でも……最近、美咲と二人で会う機会なんて無かったから。
 美咲から電話が掛かってきた瞬間に、多分答えは決まっていた。



「あ、香月!」
 待ち合わせ場所には、既に美咲の姿があった。
 赤いドット模様のチュニックに、ジーンズのショートパンツという夏らしい格好だ。
 ……可愛いじゃん。

 俺のぶしつけな視線を感じたのか、美咲が怪訝そうな顔で見上げてきた。
「……何よ?」
「いや、別に。ほら、どこ行きたいんだよ」
 話を逸らすと、美咲はさほど気にした様子もなく「うーんと……」ときょろきょろ視線を漂わせ始めた。



 結局、美咲の提案でイタリアンの店に入ることになった。
 イタリアンと言っても、カフェっぽいリーズナブルさが売りで学生には優しい店だ。

「バジルとトマトのパスタと……あと、ピーチティーをください♪」
「俺は……きのことベーコンの和風パスタと……アイスコーヒーで」

 注文を終えた俺たちは、しばし無言になった。
 珍しく、美咲の口数が少ない。
 俺は、アイスコーヒーに口を付けながら、美咲を見つめた。

「……久しぶりだな。美咲と二人で飯食うなんて」
「そうだね。っていうか会うのも久しぶりだよ」

 大学が夏休みに入ってからは、確かに一度も会っていなかった。
 俺は、週の半分は御影探偵事務所に通っているし、美咲は美咲でサークル活動が忙しいらしい。鷹司はと言えば、今は家族で海外旅行の最中。こんなに長い間会わなかったのは、本当に久々だった。

「香月、彼女出来た?」
「はっ?」

 突然の美咲の言葉に、俺はアイスコーヒーを吹き出しそうになった。
 何言い出すんだ、こいつは……。
 しかし、美咲の顔はいたって真剣で、とても冗談を言ってるようには見えなかった。

「正直に答えてよ! 最近の香月、付き合い悪いなーって鷹司と話してたんだけど……それって彼女が出来たからじゃないの??」
「はあ? 何でそうなるんだよ」
「だって……」

 美咲は少し言いにくそうに俯いてから、ぼそぼそっと話し出した。

「……香月、あの藤倉さんと付き合ってたんでしょ?」
「付き合ってないって。大体あの子、彼氏がいただろ」
「でも……二人で仲良さそうに歩いてたって聞いたもん」
 大方、事務所の帰りに送っていったのでも見られていたのか。
 それとも、購買で話したところか?
 どっちにしろ、美咲の言うような事実は無い。
「誤解だよ。俺は藤倉さんと知り合いではあったけど、そんな関係になんてなってないし。そもそも、あんな美人が俺を相手にするわけないだろ」
「っ、そんなことないよ!」
 声を荒げた美咲に、俺は目を見開いた。
 机の上のピーチティーが、カランと音を立てる。

「香月は……自分の事、何も分かってない」
「え……」
「最近の香月は……香月は…………」

 何か言いたげにしている美咲だったが、パスタが来ると何も言わずに食べ始めた。
 俺もどうすることも出来ずに、パスタを食べる。

 それからの俺たちは、店を出るまでずっと無言だった。
 美咲は、何かを思い詰めたような顔をしていたが、何も言わなかった。気になりつつも、俺も何も聞けない……。

 駅までも無言で、どうしたものかと考えていた時。
 ふと、美咲が立ち止まった。
 そして、俺の腕を掴む。
「美咲?」
「……香月……」
 心なしか震える腕に、込められた力が強くなった。

「一人で……どこかに行っちゃわないで」
「美咲……」
「もし……香月が……私たちとは違う世界に行こうとしてるなら…………」
 美咲の大きな瞳が、俺の瞳を捕える。
「私も一緒に連れていって」


 ドクン、とまた胸が鳴った。
 美咲の瞳が、静かに揺れている。
 

 美咲……俺は…………


 何かを思った時、俺の腕は自然に美咲を引き寄せていた。
 美咲の身体は、いとも簡単に俺の腕の中に納まった。

「か、香月……」


 美咲の体温は、当たり前のように温かかった。
 俺に現実を教えてくれるように、確かな温もりを持っていた。

 美咲……

「……美咲、お前……」
「……?」
「……太った?」
「っ……香月のバカーーー!!!」

 右ストレートが腹に炸裂し、俺は思わずよろけた。
 美咲は「バカづき!!」と言い残し、行ってしまった。


「……美咲……悪い…………」


 美咲と俺の気持ちが、同じものか違うものか、今の俺には判別が付かない。
 美咲が俺のことを案じてくれているのは分かる。
 それは俺も同じだから。

 でも……勝手なことだとは分かっていても、俺は美咲に真実を知らせたくない。
 この世の中の、不条理な事柄を知ってほしくない。

 美咲には、ただ笑って、俺たちを迎えてほしいと思ってしまうんだ。
 美咲といる時だけは、あの、ハンバーガー屋に行く前の、何も疑問を持たなかった日々に戻りたい……。


 腕にはまだ、美咲の温もりが残っている。
 夏の日差しを受けながら、俺はそっと、自分の腕を撫でた。



――了――





是非、一言お願いいたしますv

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