一戔抄 ー番外編ー 庭先に蛍が飛んでいるのを見つけた。夏祭りの夜にうっかり飛び入りで御輿を担いでしまい、予想以上に疲れてしまった身体を縁側に横たえていた時だった。
そこから見える小さな庭には鬱蒼とした藪があり、その合間に小さな向日葵がいくつか咲いている。ぼんやりといい加減手入れをしなくては、と考えていたところだ。 田舎だし、環境も悪くないと思うのだけれど、そんな藪で蛍を見たのは初めてのことだった。 「ねえ、ちょっと見てください、蛍ですよ」 家の奥へ声を掛けると、細い煙を上げる蚊取り線香を携えながら、浴衣姿の家主がヌッと現れた。 「おや、蛍なんて久しぶりだね」 家主は庭へ視線を遣り、微笑んだ。蚊取り線香を蚊取り豚にセットして僕の隣に腰掛ける。 「久しぶりなんですか?」 「そうだね、ここ数年見なかった」 裏に川があるだろう?たまに蛍がここまで来るんだよ、と家主が説明してくれる。 蛍は清浄な環境でなければ繁殖しないと聞いたことがあるけれど、あの川はそんなに綺麗だっただろうか。 「僕、知りませんでした。見られて良かった」 「君と知り合ってから、それほど経っていないってことか」 縁側に並んで蛍を眺めながらの会話。些細だけれど、とても満たされる。そっと家主の肩に頭を乗せて、胡座をかいたその膝に手を置いた。 「夏っていいですね」 「そう?虫が出るし暑いし僕はあんまり……って君ね」 さわさわと、開いた浴衣の裾から手を入れようとしたところを、手首を掴まれ阻止された。 「え、だって」 「だってじゃない。なんでキョトンとするの」 だって、この雰囲気でなにもないとか、あり得ない。だいたいこの家主は、僕が煽動しなければ動かないし。 「お祭りで疲れてしまいましたか?」 「いや、そうじゃなく……御輿で汗かいたし、まずは風呂でしょう」 「そんな、僕は気にしませんよ。むしろこのままの方が」 言いながら、僕は家主にしな垂れかかった。慌てたように彼は身を引くが、そうはさせじと首に腕を絡みつかせて、ぴたりと密着する。 「ちょ、ちょっと」 「貴方の匂いがいい。……いいですよね?」 せいぜい浴衣がはだけるように動き、家主に口付けた。こちとら非力ではない。相手の首根っこをホールドし、簡単には逃がさない。口付けながら無理やり押し倒して、家主の腹に乗っかった。 蚊取り線香と、汗の匂い。 夏の暑さと湿気とで、なんともいえない肌の密着感がある。 「彼の指が……あっ、あぁ、ぼ、僕の…背中を……妖しく這い回、り……んっ……」 「……………」 「怒張、した……モノを…っ、あっ、咥えた……菊花を……、んっ、あっ、あ、突き上げ……っ」 「……や、やめてくれないか……拷問並みに物凄く恥ずかしいんだけど」 趣向を変えて、対面座位で繋がって揺さぶられる様を実況していたのだが、家主が声を震わせて制止してきた。 意外と燃える、と自分では気に入っていたのに残念だ。 「……つい」 「君って妙なこと思い付くよね……」 「マンネリ防止……ですよ」 乱れる呼吸を抑え宥めるのに苦労したのだけれど、この人のわからんちん具合もまた、僕を燃え上がらせる要素だ。 「生意気なこと言って。黙らせてあげるからね」 普段はシャイでヘタレな家主だが、情事の合間、こうして強気な態度を時折見せる。それだけで僕はぞくぞくとしてしまう。 菊座の圧迫感と肌が泡立つ快感に耐えながら、僕は家主にしがみ付いた。大きな掌が僕の臀を左右から挟み込んで、少々乱暴に上下させる。 「あっ、んっ、あっ!彼の……が、ぁっ、あぁ、僕の、ナカを、んっあ、激し……く……!」 自分でも腰をうねらせ、いいところに当たるよう動いていく。 「中キツイ……っ。あと、実況をするな、と」 「ごめ……っ、なさっ……あぁっ!」 いいところを家主のモノが往復するたび、自分の意に反して孔が締まった。 快感の苦し紛れに庭へ目をやると、蛍が二匹に増えて飛んでいる。 「蛍、綺麗……っ、ですね……」 「そう?」 突く行為を少し緩め、家主が外を見ていた僕の顔を覗き込んできた。 そしてこう言った。 「僕には君の方が」 「……は」 一瞬真顔になってしまった。いつもならこんなことを言う人ではないのだ。 夏の魔術、とでも言おうか、死亡フラグが立ったような気さえするが。 家主はハッとして僕から目を逸らした。繋がっているので、離れることはできない。 「あー、まぁ、黙るのは僕のほうかな」 「そんなことない、もう一度ーーあっ!?」 すぐさま韜晦する家主に縋ったが、逆に畳に押し付けられて、もう言葉を発することは出来なかった。 その夜はとても熱くて、蛍なんかもうどうでもよくて、ただただ、烈しく抱かれるばかりで、宣言通り生意気な口は封じられた。 こんなことが度々あればいいのになあと思いながら、心地よい疲労感に包まれて、僕は眠りの淵に落ちていったのだった。 ーおしまいー |
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