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『テニプリ』小説『いつ気づいたの?』

 今日、跡部景吾は越前リョーマを呼び出した。
「何? 話って」
 アルトがかった声のリョーマが訊く。まだ声変わり前なのだ。リョーマはテニスの腕がプロ並みであること、そして生意気なことで有名ある。
 生意気さなら、跡部も人のことは言えないのだけれど――。
 今は、跡部は一人の恋に悩める男であった。
「あ、あのな、リョーマ……」
 ごくり。跡部は生唾を飲んだ。
(この想いが叶わなかったら俺様は――)
 跡部には樺地崇弘という親友がいる。けれど、樺地とは恋人になれない。好きだったけれど――。
 今は、別に恋している相手がいるから――。
 それが、目の前のリョーマ少年という訳である。
「俺は、お前が好きだ」
 直球である。さしものリョーマ少年も帽子のつばに隠れ気味の大きなアーモンドアイを見開いていた。
「な……な……」
「嫌か? 嫌でも別段構わねぇ。俺様は勝手にお前のことを想っているから」
 普段の跡部を知っている者が聞いたら驚くような低姿勢である。
「――馬鹿ッ!」
 リョーマが叫んだ。
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ッ! 跡部さんの馬鹿ッ!」
「お、おい、どうしたよ。リョーマ」
 跡部が狼狽えていると――。
「俺はずっと、アンタが好きだったんですからね!」
 と、リョーマは訴えた。
「はぁっ?!」
 跡部は素っ頓狂な声を張り上げる。
「い、いつからだよ、てか、いて、いて!」
「全国大会でアンタが一度立ち上がって気絶した時からです! でも、その前から気にはなってたけど……」
「何だよ、てめぇ、忍足のヤツが言ってたぞ。嬉々として俺様の自慢の髪をバリカンで刈ったってな。てか、どっからあのバリカン出してきたんだよ!」
「話が逸れてるっス! だから俺、ベリーショートで我慢したのにさぁ……跡部さんはどうだったんスか! 跡部さんはいつから俺のこと好きになったんスかぁ!」
 リョーマは興奮のあまり泣いている。可愛い――と跡部は思った。
「俺様は……忘れちまったな。いちいちそんなこと覚えてられねぇもん」
「馬鹿っ、跡部さんの馬鹿! 何でこんな性格痛いナルC好きになったんだろう……」
 リョーマはひっくひくとしゃくり上げた。
「あ、でも……お前、軽井沢で記憶喪失になっただろ? 実の兄貴のことも忘れてさ」
 リョーマの実の兄貴とは、越前リョーガのことである。二人は小さい頃、共にロスで育ったそうだ。
「アンタのことは思い出しました。つか、あの時一番俺のことボコったのアンタでしょう」
「記憶にねぇなぁ」
「アンタまで記憶喪失っスか?!」
「うるせぇな、俺だっていろいろごちゃごちゃしてんだよ!」
 しばらくぎゃいのぎゃいの言い合った後、はぁっ、はぁっ、はぁっ……跡部とリョーマは肩で息をする。やがて、リョーマは吹き出した。
「――何だよ」
「いや、アンタも俺と同じだって思ってさ。俺、この想いは一生死ぬまで内緒にしとくつもりでいたっス」
「そっか……俺様と付き合っても何のメリットもねぇもんな」
 跡部はまた弱気になる。
「馬鹿……跡部さんに迷惑がかかるからに決まってるじゃないスか……」
「そこまで俺様を思いやってくれてたのかよ……何か……随分殊勝なところもあるんだな」
「そりゃ、アンタに比べればね」
 リョーマは疲れたらしく、跡部から離れて近くの大木に寄り掛かった。
「あー、ばっかばかし。人に惚れるのって何て馬鹿馬鹿しいんだろ」
「俺は、幸せだったぞ。お前に会えて」
「――アンタ、そうやって女口説くの?」
「てめーこそ、スミレばあさんの孫娘はどうした」
「あー、竜崎……何? 竜崎がどうしたの?」
「お前……お前も変なところで鈍いんだな」
「冗談だよ。――そうだね。竜崎の方がいいかもしれない。優しいし可愛いし――あー、でも、俺が好きになったのはアンタなんです!」
「――竜崎は泣くな」
「どうせ周りが放っておかないっしょ。竜崎はいい子だから」
 この台詞を竜崎桜乃に聞かせてやりたい。けれど、それにはまずリョーマから告白された顛末を話さなければならないわけで――。跡部にはそんな無慈悲なことは出来なかった。
「そうだな。竜崎には別のやつがいる」
「跡部さんだって――モテるでしょ? 雌猫達に。――気がしれないけど」
「お前の気もしれねぇぜ」
「――そうだね。まだまだだね」
 この『まだまだだね』は、リョーマが自身に言った言葉であろう。リョーマが続ける。
「俺、跡部さんは樺地さんが好きなんだと思ってた」
「ああ。樺地は好きだぜ。誰かさんみたいに憎まれ口叩かないし」
「――にゃろう」
「樺地が女だったら絶対他の男に渡したりはしなかったぜぇ。お前のことなんか好きにならずに済んだしな」
「今ならまだ逃げられますよ~」
「馬鹿。清水の舞台から飛び降りる覚悟で告白したのに、誰が撤回するか!」
「だって――俺、確かにチビかもしんないけど、タチしかする気ないし」
 ――跡部の顔に体中の血液が集まった。
「やべぇ……くらくらする……」
「アンタ童貞? 嬉しいな。もう捨てちゃったのかと思ってたけど」
「俺様は生々しい話はごめんなんだ」
「――そっか。今のアンタ、ちょっと可愛いっス。実は俺も童貞なんで」
「訊いてねぇよ! というか、その年で経験ありな方が問題だろ?」
「テニスばっかりやってたもんね」
「――俺様もな」
「橘杏さんのことナンパしたくせに」
「どっから洩れたそんな情報。心配しなくても、杏とは今はいい友達だよ。俺様のこと応援してるって」
「杏さんは桃先輩と上手く行ってるようだからいいんじゃないかな。初々しいカップルだよね。青春だよね」
「俺らも同じような年頃だろが。それなのに青春という感じがしねぇのはどういう訳だ!」
「俺と跡部さんも立派に青春してますよ」
「――これが俺らの青春か。ま、青春なんて矛盾だらけさ。崇高な愛を語っているかと思えば下半身の方に話が行く。それが思春期なんだとさ」
「誰が言ったの? そんなこと」
「河合隼雄って心理学者だよ」
「跡部さん心理学やるの?」
「ま、一通りは読んだな。結論は『俺には向かねぇ』ってことだけど。――河合隼雄のは何故か好きだったな」
「ふぅん。今度読んでみようかな」
「いいのセレクトしておくぜ。――ユング心理学って知ってるか?」
「知らない」
「覚えておくといいぜ。面白いし、何かの役には立つだろ」
「男に恋する男の心理ってわかる?」
「わかるかもな。俺様にはわからなかったが」
「でも、恋してしまった」
「そうだな。――好きだぜ。リョーマ」
「好きなら……キスして」
 跡部はリョーマの頬にキスをした。リョーマはふるふると首を振った。
「恋人同士なら唇って、決まってるじゃん」
 跡部が何か言う前に、リョーマは彼の唇を奪った。この頃から、イニシアチブはリョーマが握っていたようである。



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