同棲を決める快新のはなし


 待ち合わせはほとんどが食事をとるレストランで。そうでないときは通り沿いに停車させた車の中で。いずれにしても、新進気鋭のマジシャンと日本中が知る有名探偵の逢瀬は簡単にはいかなかった。
「……ん?」
 パーキングに車を停めた快斗は、予約したレストランに向かう途中のとある店先で足を止めた。顔の上半分をも隠すくらい深く被ったキャップの下、その目線は路地に張り出す看板へと注がれる。それは不動産屋のもので、間取りと家賃の載った紙が何枚も張ってあった。駅近とか、新築とか、スーパー徒歩何分とか、人によっては大きな決め手になるだろう情報が添えられている。その多くは今快斗のいる駅付近の物件であった。
 アパートか、と思う。新一と交際を始めてからはそこそこの年数が経っている。それと、初めは自分ひとり暮らしていくのに不自由でない程度だった収入も、ここしばらくはその倍近くを安定して稼げている。養う、というのは快斗と新一の関係では決してあり得ない言葉ではあったものの、たとえばふたりで暮らす部屋を借りるとしたらそれは十分すぎるほどの収入であった。同棲という文字の甘い響き。悪くないのかもしれない。
「……快斗?」
 遠慮がちに名前を呼ぶ小さな声が近くで聞こえ、快斗は顔を上げた。そこにはレストランで落ち合うはずだった恋人が、なんだか複雑な顔をして立っていた。時計をちらりと見てみたら、予約時間の5分前を指している。思いのほか真剣になってしまっていたようだ。快斗は「行こっか」と言って並んで歩き出す。
「引っ越すのか?」
 さっき間取り見てただろ、と言う新一はやはり何とも言えない表情。
「引っ越すつうか、そうだな、結果的にはそういうことになるな」
「はあ?」
「考えてたんだ」
 新一はますますその顔に疑念を深める。快斗は続けた。
「まず、駅には近いほうがいいだろ」
「車持ってんのに?」
「おう。それと、大きい本屋もあるといいだろ?」
「なんでオレに聞くんだよ」
 そこでレストランについてしまい、会話は一旦途切れた。入り口で待つ店員は顔見知りで、「お待ちしておりました」と名前を告げる前に奥の個室へと案内される。
 話を再開したのは、食事のすべてが終わったあと。ホットコーヒーを持ってきた店員が扉の向こうへ消えてからだった。
「引っ越しするかどうかって話なんだけどさ」
「あ? ああ」
「一緒に住みたい、と思って」
 どうかな? という言葉に返ってきたのは、「誰と?」という間抜けた質問だった。
「新一と」
「オレと、……快斗が?」
「そう」
 新一の頬がみるみるうちに赤く染まっていく。ごまかすようにコーヒーに口をつけるも、上手く飲み込めずにむせた。
「新一もオレも十分に大人になったことだし、実家じゃなくて”オレたちの”家っつうのがあってもいいかなって思ったんだ。……どう、かな」
「……いいんじゃねえかな」
 新一らしい言い方ではあったが、その顔が何よりの答えだった。快斗は「じゃ、決まり」と頭を下げた。
「どうぞ、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
 慌てて新一もお辞儀を返す。
「部屋、あとで見に行こうな」
「おう」
 なんだか照れくさくなって、コーヒーカップに口をつける。



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