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カレンSS『Faith's Fetters』冒頭部分


「衛宮士郎、貴方は私に劣情を催しませんか?」
 ここは冬木市衛宮邸――午後二時半。季節は晩秋。冬も近づき少しずつ寒くなってきているが、縁側に座ってお茶を飲んでいても震えるほどではなく、快く過ごすことができる。
 空には雲ひとつない。青い海を燕たちが力強く泳いでいる。時折耳に聞こえる囀りもどことなく高揚しているように思えた。
 そんな穏やかな昼下がりの空気を、見事にぶち壊したのはたったひとこと。口にした人間は動揺することなくお茶を啜っていたが、問われた方としては堪ったものではない。衛宮士郎は見事にお茶を噴き出し、激しく咳き込んだ。
「がはっ、げほっ! い、いきなりなにを!?」
「お茶をいただいているだけです。なにもしていませんが」
 体をくの字に折り曲げて苦しんでいる士郎を見下ろすカレン・オルテンシアの視線は、まるで路上に落ちている生ゴミを見るようで、士郎は初めて殺意を覚えそうになった。
「平気な顔してあんなこと言えるのはどの口だよ、まったく」
「この口ですが」
「うわっ!?」
 唐突に――キスできそうな距離まで――顔を近づけられた士郎は、全身のばねをフルに活用して後方へ飛び退いた。癪に障るようなことしか言わない奴だが、美人であることに間違いはない。鋭い棘のついた薔薇のような人間であることは、師匠である遠坂凛と同じだ。純情素朴な彼の顔は真っ赤に染まっている。なぜか、負けたような心持ちになった。
「なんですか、その反応は失礼ですね。しかし、その動きは野獣そのもの。もしかしなくとも、私に襲いかかる準備運動のつもりですか?」
「うるせえ、淫乱シスター」
 乱れた息遣いのまま、使い慣れない荒れた言葉を吐いた。深呼吸をしながら、そんな口をきいたことを後悔する。傷つけたなどとは思っていない。どちらかといえばむしろ逆だ。どうせ、このドSシスターもあの宝具所有女もこんなことで傷つくようなタマではないのだ。その証拠に――
「……グッド」
 喜んでいやがる――頭が痛くなるのを感じながら士郎は嘆息した。
 今も彼女は右手の親指を立てて嬉しそうに頬を紅潮させている。罵倒されて喜ぶってどういう女だと士郎は思ったけれど、その姿が妙に可愛く――
「だめだ、だめだ。なんか最近の俺おかしくなってきてるぞ」
 小さな声でぶつぶつとつぶやきながら、士郎は激しく首を横に振った。ふたりの居候が新たに増えてから、彼は自分が確実におかしくなり始めていることを遅まきながら自覚していた。カレンとバゼットの誘導されているような……いや、これは誘導というよりも。
「調教がまだ足りないようね。完全に躾けるにはもう少し時間が必要だわ」
「やっぱりか!?」
 今、行動しても無駄なのだが、いてもたってもいられず士郎は文字通り脱兎のごとく逃げ出した。けれど、そんな哀れな子兎にも狩人は容赦がない。
「……キャッチ」
「卑怯者ぉぉぉ!!」
「アンド……リリース」
 叫んだときにはもう遅かった。どこから取り出したのか、さっきまで影も形もなかったマグダラの聖骸布が士郎の四肢へ絡みついていた。抵抗どころではない、身体の自由が失われたかと思うと、即座に少しの躊躇もなく宙へ放り出され、彼は庭へと投げ飛ばされていた。わずかな浮遊感。こんな不安を思い起こさせる感覚のために、人は空を目指したのだろうか。
 1ミリの思索ののち、地面へと接触。アフターケアはもちろんなかった。なんとか受身を取ったものの、投げ出された勢いはどうしようもなく硬い土の上を数メートル転がった。
「けふ、カレン――いくらなんでも家主に対する扱いが酷すぎると思うんだけど?」
「あら、主人が飼い犬にどうして遠慮する必要があるのかしら。駄犬の分際で生意気ね」
――本当にワンって鳴いてやろうか、ちくしょう!
 心の中でそう吐き捨ててみたけれど、実際やってみたら本当に犬扱いされそうなのはぞっとする。士郎にそんな性癖は――今のところ――存在しない。
「ほら、ここまで来るのよ、士郎ちゃん」
 蔑みの視線に冷たい声色。カレンが縁側を右手で軽く叩いている。そこは先ほどまで士郎が座っていた場所だ。
「犬扱いするんじゃねえ」
 言葉の上では強がりながらも逃げられないのが痛いところだ。マグダラの聖骸布からは逃げられない。少し――というか、かなり――空しくなりながらも衣服についた土埃をはたいて、士郎は彼女の誘い通り縁側へと座り直した。
 お茶はもうすっかり冷め切っていた。



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