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あなたの優しさを活力に、今日も執筆に励みたいと思います
(↓以下おまけSS↓)
鎌田が教室から出て行く姿を見送ると、前の席に陣取ったクラスメイト二人から質問攻めされた。
「あんた一体どういうつもり?」
「鎌田のこと嫌いって言ってたわよね。なのになんで」
彼女たちの目はつり上がっている。刺すような眼差しはとても好感を持てるものではない。もともと友達といえるほど仲がいいわけでもない。顔見知りぐらいで話しかけることはない存在だ。なのに彼女たちが私に話しかけてきたのには理由がある。私もその内容を薄々は感じとっていた。私はこれから始まる重圧に向けて身構える。
「まさか――鎌田と付き合ってるって噂、本当だったわけ?」
彼女たちが苛立つのも無理はない。夏期講習の五日目に入って彼女たちの憧れである鎌田がこれまでと違う行動に走ったからだ。朝から私の隣りの席に座って授業を受けて、昼休みも私と一緒にお弁当を食べてそのあと勉強を教わって――そんなやりとりに周囲が冷静でいられるわけがない。今日の授業が終わったら鎌田が自分から話すと言っていたけど。そのタイミングだとたぶん遅いと私は思った。それに鎌田に好意を持ってる人に嘘を言うのは逃げな気がした。だから私は付き合ってるよ、とだけ答える。
あっさり返ってきた答えに彼女たちが絶句したのは言うまでもない。その出しぬけたと言わんばかりの展開にちょっとだけ快感は覚えたが、私はすぐに表情を引き締めた。口火が切られたのは数秒後のことだ。
「な、何よそれ、聞いてないわよ」
「気のないフリして横からかっさらって――優越感に浸りたいわけ?」
彼女らの不満は直球勝負だ。それを受けた私は別にそんなつもりはない、とやんわり返す。
「私はただ事実を述べただけ。それが礼儀だと思ったから」
「何が礼儀よ!」
「ちょっと頭がいいからって偉そうに」
我を失った取り巻きの一人が私に掴みかかる。髪を引っ張られそうにになった瞬間、止めなよ、という声が耳に届いた。
「小学生じゃあるまいし。そういうのってみっともない」
彼女たちは声のあった方向を覗きばつの悪そうな顔をする。
私を救ったのはクラスメイトの木下だ。木下は鎌田の取り巻きの一人で、グループの中でもリーダー的な立場にいる。派手な見た目は鎌田に匹敵するものがある。でもグループの中にいてもどこか冷めた目をしている印象が私の中では強かった。
木下は緩く巻いた髪を指で軽くあしらうと私に近づいた。上から目線で私を見下ろし、鼻で笑う。
「別に鎌田と付き合ったっていいじゃない」
「でも」
「どうせ続かないんだから。鎌田は大学に行きたがってる。今は勉強を教えてくれる『先生』が欲しいだけ。受験が終われば用済みになるんだから。新條だってそれを分かってて付き合ってるんでしょ?」
それはあからさまな悪意だった。先の言葉にそうよね、と賛同する声がちらほらと出る。傍観者たちはただ息を呑んでいた。このなんとも言えぬ空気に無関係の人間は引いていたのかもしれない。
木下も木下に群がる彼女たちも私を責めることで自分たちを正当化しようとしている。そうすることで鎌田への気持ちを保ち続けている。
けどその言葉が私の心にぐさりと刺さったのも事実だ。あからさまな悪意は上向きだった気持ちにストップをかけた。もやもやの隙間から隠れていたもう一人の自分がちらりと顔をのぞかせる。その女の言うとおりだと私をつつく。受験が終わったらおまえは捨てられる。今ならまだ戻れると。
私は引きずられそうになったのをかろうじて堪えた。昨日、自分の思いのたけをぶちまけた瞬間から私の戦いは始まっている。みっともなくてもこの気持ちからは逃げないと決めたのは他でもない、自分なのだ。
私は教科書を縦に持つと、机に勢いよく叩きつけた。それは攻撃に対する威嚇ではない。自分を落ちつけるための発破だ。
かなり音が響いたのか、教室が静けさで埋まった。私は木下の目を見た。ご忠告ありがとう、という言葉を落とす。
「それでも私は鎌田のことが好きだし、鎌田のことばを信じてる。別れるつもりは毛頭ないから」
声のトーンが少しだけ上がる。普段口にしない言葉を発したせいか、いつもより心拍数が高い。それでも心の中のもやもやはすっかり晴れていた。
私の宣戦布告に木下の顔が紅潮する。反論する言葉を失ったのか、くるりと踵を返された。ふわりと揺れる髪に取り巻きたちがついて行く。この時私は昔誰かが言っていた「攻撃は最大の防御なり」の言葉を身をもって知ることになったのだ。
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