【エール】




          「なんでこう重いんだろうなっと!」

          俺は集合時間に間に合わせようと、急ぎ足で駅に向かっているところだった。

          背中にはかさばるチェロを背負い、地方公演用のキャスター付きのスーツケースをいささか持て余しながら引きずって。

          大切な楽器を持っていちゃ、たとえ荷物が軽くても走れないからね。

          その時うしろから声をかけられた。

          「あれっ、五十嵐くん?珍しい所で会ったね」

          本当に珍しいこともあるものだ。

          「や、お早うっす」

          俺がぺこりと頭を下げたのは、音大のすれ違い先輩の守村さんだった。

          「お早うというほど早くもないけどね」

          そう言っておだやかに笑っているのを見て、ちらりと駅前の時計を見ると、時間は10時過ぎ。

          俺にとってはまだじゅうぶん朝のうちなんすけどね。

          「その荷物からすると、M響の地方公演なのかな?」

          「そうっす。守村先輩は大学っすか?」

          「うん。そう」

          ほほ笑んでみせた守村さんの顔は、以前見た時よりも痩せているようだった。





          二人で同じ電車に乗り込んで、車両の隅の他の人に邪魔にならないところに荷物を寄せて、ようやくほっと一息。

          「忙しそうだね」

          「いやあ、まだまだぺーぺーですからね。お呼びがあればどこへでも喜んで飛んでいくってところっす」

          「うん。いいことだよ」

          「守村先輩の方は、リサイタルの準備はどうっすか?」

          「うーん、まあまあかな。ありがたいことに来週から国内で5つほどリサイタルを組んでもらっているからね。

          聞いて貰ってがっかりされないように頑張っているよ」

          穏やかに笑っているけれど、ロン・ティボーに優勝して日常が一変した守村さんは、優勝の副賞である数多くのリサイタルが組まれていて、

          さぞかし大変な思いで練習に明け暮れているんだろうと思う。

          その上、大学の講師も続けていくらしいから。

          今見てもうっすらと目の下にはくまが浮き、細いからだは更に肉を落としているように見える。

          けれど、自分で望んだプロの音楽家としての道を歩んでいるから、目は輝き、前にも増して充実している様子がうかがえる。

          「もうすぐヨーロッパでのリサイタルもあるんですよね」

          「そう。来月にはパリへと出発することになっているんだ。そのせいでいま生徒たちの振り替えをしなくちゃならなくて、ちょっと大変なんだよ」

          どうやら他の先生に丸投げで生徒たちを任せるつもりはないらしい。

          少し不器用で誠実なこの人らしい。

          以前フジミのことでも、頼まれていたコンチェルト・ソリストを断ることになってしまった事をとても申し訳ながっていたっけ。

          プロとしての自分を堂々と優先すべきなのに、この人はいつもフジミを同列に考えるところがあるのは

          長所でもあり欠点でもあるんじゃないだろうか。

          この先大学の講師もやっていけるかどうか、外部の俺でも心配になるし。

          でも、抱えきれないほどの荷物を細いなで肩に載せても、この人はきっと笑って先へと進んでいこうとするのだろう。





          「がんばってくださいね」

          「ありがとう。君もね」

          大学へ行くために先に降りて行く守村さんに、僕は心からのエールを送った。

          もっとも、恥ずかしがり屋の先輩が困らないように、心の中でだけど。

          「かっこいいっすよ、守村先輩。頑張ってくださいね」

          そうつぶやきながら。











  2011.9/21 up

 

 
 
 





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