ありがとうございました!!


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  夏のインハイ優勝直後にサッカー雑誌が東邦サッカー部に取材に来て、編集部からの掲載誌献本が部に届く前にコンビニで見付けた反町がそれを買ってきて、さっそく練習後のロッカールームに居た部員みんなで回し読みの順番待ちになったりして、でもいきなり自分のコメント欄を堂々と見せつけるように開いた反町はやっぱり強心臓だと若島津は思った。
「お前は? 見ねえの?」
「ああ、うん後で…、いいやうん、そう、回りきったら」
 個別コメント、何喋ったか覚えてねー。もとい、うっすらなら覚えてるけど、テンション爆上げになってる試合直後のロッカールームでの取材なんて恐ろしくて思い出したくねー。
 でもチラッとは反町の手元に視線をやってしまう。おお日向だ。キャプテンだし決勝点を上げてるしで、それなりの長さの記事のようだ。着替えながらのチラッ、がチラチラッ、になって、チラチラチラッ、になって、やがて横目でジー、になった辺りで反町が「いいよ見ろよ!」と座っていたベンチを横にズレて雑誌半分をこっちに広げてみせた。
「いや…うん……別に…まあ、…そう……」
 めっちゃ煮え切らない自分にイライラしながら、若島津はシャツを羽織ってそこに腰を落とした。
「意外とまともな事喋ってるよな」
「そらまあ、キャプテンだしな…」

『二冠、そうですね。達成出来たのは俺たちだけじゃなく、支えてくれた人たちの…──』
『二点目は狙いました。右の隅は空いたコースもしっかり見えていたので、入るなと思って蹴りました』

 日向の声で聞こえてきそうだ。この時、若島津は日向の後ろに居た。日向は着替え終わって下はジャージで上はTシャツ。記者とカメラマンを前に、こんな文章で見るスラスラとした調子ではなく考え考え喋っていた。添えられた写真はゴール裏から見たシュートを打つ直前のモーション。コンマ何秒、切り取られた瞬間、連写でだろうがよく撮れたなと感心するぐらい美しい瞬間……。
「あ、もういい」
 若島津はぐいと雑誌を反町のほうに押し戻した。折れるじゃん!、と反町は鼻息荒く自分の膝上でページをめくり直す。
「なーんで俺のPK貰った時の切り込みは載ってねぇかなー。あれサイコーっしょ、高校生にあるまじきテクニカルな切り込みっしょ!」
「知らん」
「何でよ!」
「遠くて見えん」
「見ろよてめぇ、そこは見とけよ!」
 敵方ゴール前でのごちゃごちゃ乱戦状態、あの距離で見えるかい。前に出過ぎるきらいのある若島津に、普段は「出るな!」と(カバーで駆け戻りながら)怒るクセ、反町の言う事も大概にワガママだ。

 あーしかしアレだな、くっそ、───カッコいいな!
 どこか諦め気味に若島津は思った。何がって、だからやっぱり……シュート直前の日向が。認めるのヤダ。なんかヤダ。でもどの瞬間の日向がイケてるかって、そらぁやっぱりサッカーしてる時に決まってる。あのギラついた獣みたいな顔の時に決まってる。無茶な姿勢からシュートを打って突っ転ばされて芝に身体を叩き付けた時も、肩と腕でDFを押さえ切ってキツい角度からゴール隅にボールを叩き込む時も、噛み付きそうな顔でヘディングを競り合う時も、どこを切り取ったって絵になると若島津は半ば本気で思ってる。
 それからその全部を合わせた表情を、至近距離で見る瞬間を知っている。キスする直前、喰い殺されるんじゃないかと思うような、日向の真っすぐな熱のこもった視線を知っている──…。
「お、ソレ届いたのか」
「おわぁ!!」
 肩口で響いた日向の声に、若島津は盛大に驚いた。とっさに肘鉄かましかけちゃうぐらい驚いた。
「っぶねッ! 何だよお前ッ」
「こっちの台詞だ! 急に喋んな!」
 耳を押さえて怒鳴り返す。そんな若島津はあっさりスルーで、日向は肩越しに反町の持っている雑誌を覗き込んだ。
「ちゃうよー、これは俺の私物ー」
「って、買ったのかよ」
「買うだろう、そこは保存用も買うだろう」
「ほぞんー? 分かった、馬鹿だなお前」
「お袋も買う」
「ああ、それはウチも買うな多分」
 ふうん、そんなもんか…。と感心するのはいいとしても、肩にのしかかる日向の重みが邪魔でしょうがない。立つからどけ、と言うといつもの仕草で髪の中に掌を突っ込まれた。
「よし」
 いや冬じゃねえんだから多少濡れてたって構いはしない。この暑さだ、ほっといたってすぐ乾く。でももうこれは日向の習慣になっていて、若島津も段々慣れてきて、文句を言われる前に最近はきっちりドライヤーをあてる習慣が身に付いた。
 で、身体を離しながら、掌を抜く寸前で日向が若島津の耳元をするりと撫でたのはきっとわざとだ。若島津はまた耳を押さえながら、今度は狙って日向のこめかみに肘をガツンと当てた。
「クソ、いってえな!」
「るせぇ!」
 赤くなってる自覚はある。だって日向の顔がその台詞と相反して少し笑っている。
 あー、馬鹿だ。こんな奴をかっこいいとか思っちゃった自分は大馬鹿だ。そんでこんな時だけ若島津の表情を読み切って、ちょっと自慢気な顔してる日向も大馬鹿野郎だ。
「───覚えとけよ」
 ベンチに若島津と入れ替わる形で座りながら、なぜか日向が吐き捨てる。まあ、今は他のメンバーに聞かせる対外的な意味のほうが大きかろうが、別の意味にも聞こえて若島津はギョッとした。
 思わず振り返る。日向も肩越しに一瞬こちらを見る。それで、もしかして自分の予感は外れてないんじゃなかろーかと、若島津は内心で舌打ちした。
 やべーな。明日、朝練ない日じゃないですか。
 ……覚えとけって、ナニをだよ。
 でも、───でも思ってしまった。あの顔を、独り占め出来る瞬間が自分にだけある事を。それがとんでもない愉悦を生んだりする自分の不可解な感情を。

 ふるる、と震えてこの真夏の暑さの中で若島津は腕をさすった。
 やばいやばい、寒いのか暑いのかまったく自分が分からない。シャワーを浴びたばかりなのに頭っから冷水でもかぶりたい。









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『ツン(心の中でひっそりと)デレ』な若島津。でもこれは日向にバレてるっぽいので大丈夫!、…じゃ全然ないんだろうな若島津的には…。
いつぞやも指摘されましたが、この若島津さんは実はめちゃくちゃ日向のファンなんだと思います。サッカーに関しては(笑)
お誕生日だし、ちょっぴりデレてる若島津を日向にぷれぜんふぉーゆー。





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