南泉一文字の貢ぎ癖は、
ふんわりとそよいだ風が銀糸に煌く髪を揺らす。僅かな隙間から形良い耳殻がチラリと見えて、南泉は眠気を飛ばして目を見開いた。ほぼ反射的に伸びた手が、髪に隠れた耳たぶを掴む。
「いたっ」
「あ、悪ぃ」
思いの外強く掴んだのか、それとも耳たぶを摘んだ拍子に引っ張ってしまったのか。潜められた眉に短く謝罪を溢したものの、親指の下に感じるコリッと硬い感触に息を飲む。
「もう、いきなり何なんだ」
「…なんだ、コレ」
耳たぶを摘んだまま離そうとしない南泉に眉根を寄せるが、その険の乗った視線をモノともせずむしろ少し低くなった声音に今度は山姥切が目を丸くする。首を傾げそうになったが、耳たぶを摘まれたままではそれも出来ず仕方なく南泉の問い掛けの意味を考え、コリコリと弄られる耳たぶにあぁ、と山姥切は合点がいった。
「ピアスのことかい?」
「…いつから」
「いつ?えーっと、政府にいた時かな」
「自分で?」
「いや、貰い物だよ。政府の子がね、俺の目によく似ていたから買ってしまったと言うからね。折角だし貰ったんだよ」
そういって懐かしむように瞳を細めた山姥切に、南泉はギリ、と奥歯を噛んだ。親指の下。柔らかな耳朶を貫く、硬い感触。見慣れぬ異物は青い煌めきを放ち、南泉の知らぬ輝きで山姥切を着飾っていた。銀糸に隠れて気がつかなかった。いや、いつもしているわけではないのかもしれない。記憶を攫っても、山姥切の耳にその瞳と似た輝きが光っていたことはない。そもそも、何故片側だけなのか。ふつりと煮立つ腹に南泉は耳たぶから指を離さないまま山姥切を見据えた。
「ピアスっつったら対だろ。もう一つは」
「政府に。お守りにしたいというからね」
愛しげに穏やかな声を舌に乗せ、ふふ、と山姥切は笑みを溢した。
「俺が監査官になる時にね、寂しいからと強請られたんだ。あんまり不安そうにするものだから、貰い物なのに渡してしまったよ」
それは、山姥切が愛された証なのだろう。政府ではきっと、山姥切が本丸でどう扱われるかある程度予想していたに違いない。幸いにも、この本丸は彼らが想定していたようなことにはならなかったが、一部で火種になったことは南泉も知っている。人の子が山姥切を案じ、もしもの縁に縋ったのだとしたら、山姥切がそれを拒む理由はなかっただろう。愛しげに微笑む顔は、正に彼がその政府の者を愛し、愛されてきた証だ。大事そうに南泉の親指越しに耳朶に触れ、可愛いだろう?と我が子を自慢する親のごとく口角を持ち上げた山姥切に南泉は口元をひき結んで、耳朶から手を離した。瞬間、焼き付くように存在を主張する青い輝きは南泉の腹にぐるぐると渦巻くものを出現させ、押さえつけるようにそっと腹の上に手を乗せる。
「ソレ、いつもはつけてねぇよ、にゃ?」
「万が一、失くしてはいけないから普段はつけていないよ。でも偶にはつけないとね、これはそういう役割だから」
道具だからこそ仕舞い込むだけなのは忍びない。似合うだろう、と高慢な笑みに南泉はあぁ、と肯定しながらもじっとりとした視線をピアスに注いだ。あまりに熱く見つめるものだから、山姥切は不思議そうに南泉を見つめ返す。
「猫殺し君?」
どうした、という問いかけに南泉はピアスから視線を外し、別に、と背中を向けてその場に寝転がった。興味を無くしたかのような素っ気なさに困惑しつつ、山姥切は膝をズリズリと畳に擦り合わせて南泉に近づく。頭の近くに両手をつき、上から覗き込むように見下ろせば、南泉はすでに目を閉じていた。まだ寝入ってはいないだろうが、そのつもりなのは察せられる。ポカポカと少し暑いぐらいの陽気は午睡には丁度いいだろうが、急だな、と山姥切は南泉の気紛れさに溜息を吐いた。あぁいや、確かに急に耳を掴まれるまでは南泉がうつらうつらしていたことはわかっていたので、寝ようとしていることには納得できるが、会話の途中で飽きたように投げ出されるのは腑に落ちない。そっちから振ってきたくせに、と左耳に光るピアスに触れて、なんなんだ、と山姥切は呆れた眼差しを南泉に注いだが、南泉は身動ぎ一つせずに目を閉じている。やがて見つめていても仕方がないと、山姥切は近くに積まれた座布団を引っ張り出して、二つに折りたたむと南泉の頭の下に手を差し込んだ。
「ほら、南泉少し頭をあげて。そのままじゃ首を痛めるよ」
「んー」
ぐずるような唸り声に少しだけ南泉の頭が持ち上がる。出来た隙間を更に広げるように下に差し込んだ手で頭を支え、折り畳んだ座布団を差し込んでそっとその上に頭を下すと、南泉はモゾモゾと位置を調整するように頭を動かして、やがて落ち着いたのか深く息を吐き出した。あぁ、これは本格的に寝るな、と山姥切は南泉からふい、と顔を逸らして部屋を見渡す。本棚に目をつけて、読書でもしようかと立ち上がりかけた瞬間、ぐっと片腕に負荷がかかった。は?と動きを止めて振り返ると、ジャケットの袖を掴む手が見える。いつの間に、とパチパチと瞬きをして、山姥切は苦笑を浮かべた。
「俺は今眠たくはないんだけどね、猫殺し君」
「にゃ〜」
「はっはは!それじゃ完全に子猫じゃないか。全く仕方がないね」
誤魔化すような鳴き声に吹き出して、南泉の頬を突いて引っ張る。思いの外弾力にとんだ柔らかな頬肉におぉ、と感嘆すると、伸びてきた腕が山姥切を振り払い、ぐるん、と向き合った拍子にがしっと山姥切の胴を長い足が挟み込む。
「へっ?」
少し間の抜けた声をあげると同時に、胴を挟んだ足に力が籠り山姥切を引き倒した。ぐるん、と傾く視界に受け身を取って、抗議の声を上げようと口を開けるとぎゅむ、と山姥切の顔は南泉の胸に押し付けられた。ぶふっと息が潰れた音が漏れ、頭の後ろに南泉の腕が回る。胴を挟んでいた足はいつの間にか山姥切の足に絡みつき、ぎゅっと密着した状態に山姥切は押し付けられた胸板から隙間を開けるようにぷはぁ、と僅かに首をそらした。
「猫殺し君、君ねぇ…!」
苦言は、しかし途中で口の中に立ち消える。見合った彼の、半分瞼が落ちたシトリンの眼差しがどこか子供のように拗ねた色を浮かべていて、絡んだ足が益々きつく山姥切を引き寄せたからだ。ぎゅっと密着して、南泉は山姥切を抱きしめて離さない。まるで何かに奪われることを危惧するかのような力強さに一瞬怪訝に思うも、山姥切ははたと思い付いてやれやれ、と嘆息した。
「そんなに気にすることかい?他意はないよ、俺も贈り主も」
「…うるせ。別に、気にしてなんかねぇ、…にゃ」
明らかに気にしてる。言いながらもじっとりと耳たぶに注がれる視線にいささかの呆れを見せながらも、むずむずと緩む口元にそっと手を伸ばして柔らかな猫っ毛を撫でつけた。一定のリズムで髪を撫でつければ、眉間に寄っていた皺が解れ、南泉の目がとろりと微睡む。
「おやすみ、南泉」
囁くように告げれば、南泉の瞼が落ちていく。金色の扇が伏せられて、すぅ、と寝息が聞こえれば山姥切は体から力を抜いて南泉の胸元に鼻先を押し付けた。息を吸えば、陽だまりの匂いが肺いっぱいに満ちていく。眠気はなく、午睡にふける気持ちはなかったけれど、寝入った南泉の腕から抜け出すには中々惜しく、一瞬の逡巡の後、山姥切はまあいいかと南泉に倣って目を閉じた。可愛らしい妬心を見せた姿は物珍しく、山姥切の心臓を弾ませたので。このままでいるのもいいな、と山姥切は怠惰を受け入れることを良しとする。絡みついた脚が外れなかった、という言い訳も用意して、そろりと回した腕で南泉の背中を抱きしめた。すると、山姥切の背に回った南泉の腕にも力が籠るから、くふくふと笑みを噛み殺したのだった。
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