山姥切長義の古馴染みは、



「お前には会いたくなかったよ」

 監査官として顔を隠し、任務の査定をし、優判定を下してようやくまともに顔を合わせることができた腐れ縁同士。
 本丸で初めて交わした会話がこれならば、初見の審神者が仲があまり良くないかもしれないと邪推するのは無理からぬこと。苦虫を噛み潰したようなしかめっ面。険の乗った眼差し、刺のある冷たい言葉。どれを取っても南泉一文字が山姥切長義を歓迎しているとは考え難い遣り取りは、けれど昔馴染みの腐れ縁という関係故の台詞であることは二振りを知る側からすればわかりきったことでーーだから、当事者たる山姥切も理解していた。

なるほど。確かに最もだな、と。
 
 ふむ、と頷いて顎に手を添えた様子に向けられた怪訝な視線をにっこりと微笑みで返すと益々嫌な顔をされてぷい、と視線を外される。ふむふむ。ならば方向転換だ。
 山姥切個人としては、南泉一文字と会うのは楽しみだった。見た目も性格も呪いだという語尾も、全てが山姥切にとっては好ましい要素でしかなく、人の体を持って接するのは楽しかろうと思っていたが…それはそれとして、500年余り一つ所に共にいて顔を突き合わせていれば、そりゃ束の間の解放感を噛みしめたくなるだろう。わかる。山姥切は深く頷いた。しかも本丸には本来ならば関わり合いになろうはずもない刀も顕現しており、刀同士の関係性は多岐に渡る。所蔵を同じくしたり、刀工や刀派、元の主人の関係で関わることも多いが、仲には刀同士の気質で気が合う同士固まることもある。それは本丸ごとに違ってくるもので、独自のコミュニティが形成されるのが本丸というものだ。その中に、突然…という言い方も変だが、昔馴染み…しかも一般的に仲が良いと言われるよりも憎まれ口を叩き合うような悪友染みた相手がやってくれば、うんざりした気持ちにもなろうというものだ。しかも自分の過去のアレやコレやと知っているような、そんな腐れ縁ーーまあ、普通にしかめっ面にもなるよね。
 政府ではやはり限定的な相手としか交流を制限されていた身。関わるはずもないだろう人や刀との関わりは、ストレスがないとは言わないがそれはそれとして楽しみや新たな発見、見聞の広め方など実に有意義だった。南泉とて、そんな新鮮な心地を楽しんでいたというのなら、その穏やかさを堪能したかったというのなら、まあ、吝かではない。別に、絶交しろだの話しかけるなと言われたわけではない。言われたわけではないが、積極的に関わることもないだろう、と脳内閣議で決議される。野党はいない与党のみの決議に難があるなど、山姥切は露ほどにも思わなかった。なにせ頭の中の話なので。
 美術館時代の関係が変わるわけではなく、ただ本丸という中で新たなコミュニティを築く。悪くない。本丸には山姥切が関わったことのない刀がいれば、知らぬ経歴の刀、行ったことのない出身のものもいる。失われたもの、架空の存在のもの、人の信仰が生み出した奇跡が山とある。まさにびっくり仰天玉手箱。実際国宝文化財が犇めきあっているのだから本丸は宝物庫で間違いない。かねてから思うが、俺たちを粗雑に扱う人の子、その価値理解してる?そこでほけほけ笑ってる美刃は天下五剣の国宝だし、短刀詐欺と名高い美少年なんか現世にもう存在してないから見れるのココだけだよ?純粋な希少価値でいうなら、現世に存在しない刀の方がレアなのである。顕現率だとか諸々の事情で非レア扱いされているが、現世にすでに本物はいない刀達が雁首揃えている状況など本来あり得ないのだ。知ってる?審神者適正のないマニアや歴史家たちが血涙流して床板引っ掻いてるの。
 まあ人って慣れるものだから、感覚麻痺するのはわかるけど。しかしどの刀も一度現世に行けばおいそれと見られない刀ばかりなのだが、まあそれは今は関係ない。おいそれと見えられないのは人も刀も同じ。所蔵が同じでもなければ話せない刀など五万とあり…つまり所蔵が同じならまあ、いずれ会えるし話せるので。戦に負けなければ、歴史が改変されなければいつか元の場所に戻るので。
 それならば、山姥切は南泉の会いたくなかったを尊重しようと思ったし、他の面子も、かねてから築いたコミニュティや、兄弟刀と仲良くしたいだろうから関わるのは止めておこう、と結論づけた。止めるとは言っても積極的に関わらないだけで話しはするし交流そのものを止めるわけではないが。君は森で俺は里で暮らす的な。刀剣男士にとって所蔵が同じとかそんなに重要じゃないだろうし。人型だとまた感覚違うだろうからね!元の学校の友達も大切だけど新しい学校の友達も大事だし今はそっちのが長い付き合いなら優先順位はそちらで間違いない。大丈夫。俺こう見えて知り合い多いから!
 この山姥切、好奇心が旺盛でコミュ力が高め且つ割とドライな個体だった。しかしそもそも山姥切長義自体が物怖じしない自信家が多いので、特筆するほど突き抜けた個性ではなく周囲もあまり気にしなかった。強いて言うなら合理的で割り切りの良さがちょっと他より秀でていたぐらいだ。まさかそれが一部に致命傷を与えることがあろうなど考えも及ばない。なんだか難儀な性格だなと思われがちだが、個性の殴り合いと言われがちな打刀、いや刀剣男士の中では割とマイルドな部類に属する刀である。写刀に対する態度だとか腐れ縁に対する態度だとかが槍玉にあげられるが、それ以外で彼が周囲に何かしら難癖をつけることはないし審神者に対してやらかすこともない。可愛くなきゃ愛されないよね、とメンヘラ要素覗かせることも待てというならいつまでも、と健気に見せて執着することも、馴れ合う気はないとコミュニケーション拒否されることも、汚れているぐらいが丁度良いと対応に困る態度を取ることもない。まあつまり、この刀、本丸に馴染めなさそう、と思われがちだが人見知り個体でもコミュ障でもないので、普通の本丸なら普通に馴染むのは早かった。知り合いが多いのも彼のアドバンテージだし、事務能力の高さも切欠に役立つ。
 故に彼は突っ走った。美術館の昔馴染みを置き去りに、いや挨拶はニコニコと交わしたが、まず彼は真っ先に左文字に特攻した。知り合いが軒並み「えっ」ってなる勢いで左文字の!とニコニコ笑顔で飛びついた。昔馴染みは徳美だけではないのである。むしろ徳美では知り得ない、山姥切の原点に近しい本丸の旧友に久しぶりだね、元気だったかな、と懐くのは何も不思議な話ではなかった。そして江雪左文字もまた、北条を離れたあとの山姥切…つまりは徳川時代のことなど知らないし、南泉一文字との関係性だとかそんなこと詳しく把握もしていない。懐かしい顔がきたな、と受け入れる土壌はできていた。なんなら兄弟刀より知ってる旧知の仲である。左文字の兄弟刀は本丸で初顔見せが基本なので、江雪左文字はあっさり山姥切と共に過ごすことを受け入れた。兄弟水要らずを邪魔するほど無粋ではなく、かといって左文字兄弟も粟田口ほど四六時中べったり過ごすような仲ではない。まあ、粟田口の場合短刀がほとんどであることとその数故に固まりやすいという側面があるのだが。短刀のほとんどは粟田口。本丸内最多数刀派の名は伊達ではない。適材適所、ベスト距離感。あと殺意の高さが弟に近い。否、弟の殺意の高さが旧友に近い。南北朝ですしね、と棚上げ発言に通りがかりの近代刀が「えっ」と声をあげた。打撃ステータス上位保持者の発言は時に物議を醸す。
 他にも化け物切り仲間だとか、事務仕事仲間だとか、面倒見の良い長船派だとか、まあ、山姥切を取り巻く環境は多岐に渡る。本人が周囲を厭わないから余計にだ。名前問題はあくまで当人達の問題なので、よほど拗れない限りはノータッチ。実に平和。実に平穏。この本丸は実に優秀且つ穏やかな本丸だった。これなら次の特命調査も問題はないだろうと太鼓判を押すぐらい。
 ーーさて。しかしながら、一つ付け加えることがあるならば、この本丸は2回目の聚楽亭にて山姥切を迎え入れた本丸である。1回目は諸事情により完遂できず、山姥切を逃した本丸だ。つまり監査官の正体も現状も把握し、受け入れ態勢万全の本丸だった。なんなら、500年余りの古馴染みなんかはウキウキワクワク末っ子を待っていた口だ。徳美の仲間内で、世話焼き気質が高い刀が軒並み先に顕現している状態なのも一枚噛んでいる。きゃっきゃしながら後から来るだろう山姥切をどう歓迎しようか、どんなことをしようか、そうだ兄弟の紹介も、山姥切さんは何が好きでしょうか、また南泉とのやり取りが見れるんだなぁ、冗談じゃないぜ、にゃ。ドキドキソワソワ待っていたのだが、蓋を開ければ山姥切は特美仲間を置き去りに左文字にまっしぐら。
 隣り合うのは江雪で、笑い合うのは源氏の重宝、徹夜仲間は黒田組、囲われるのは長船派。
 入り込む隙などありゃしない。無視されるわけでも愛想が悪いわけでもないが、山姥切が話しかけにいくのは鯰尾でも後藤でも物吉でも南泉でもなく江雪で、何かに誘うのも江雪で、愚痴を見せるのも江雪で、しかも弟とも仲を深めて和気藹々と茶を飲む始末。あれ、そのポジションは、と呆気に取られたが最後。知らない内に出来たコミュニティは、思ったよりも堅牢だった。えっ。待っていつの間に??仲が悪いわけでも、粗雑に扱われるわけでも、完璧に他刃扱いでもない。だがしかし、明らかにグループが違う。グループが違うと妙に距離感があって、なんとなく話しかけづらい。知ってる仲なのに、まるで知らない仲のよう。日常会話に問題はないのに、深く入り込むには躊躇うような、付かず離れずの距離感に……根をあげたのは誰が先か。

「山姥切……」
「なにかな江雪」
「……聞いた話なのですが……あなた、南泉一文字と…仲が良いとか……」

 独特なテンポの語り口に、山姥切は目を丸くしてえっと声をあげた。思いもよらないことを言われたとばかりの態度に江雪もゆっくりと首を傾げる。山姥切の背後斜め左に視線を向けて、はて、と瞬きを一つ。

「…違うのですか…?」
「違うというか、俺と彼は何というか、悪友のような…言うなら宗三や長谷部の関係に近いかな。一般的な仲の良さとは違うよ」
「そうですか…しかし、長く一緒にいたのなら…彼らと共にいたいのでは…?」
「…?…江雪は俺といるのはあまり好まないのかな?」
「そうじゃありません」

 割と食い気味の否定に、山姥切もふふふ、と白い頬を染めてはにかむ。なんですかあの可愛い顔、と背後でもにゃもにゃ聞こえた気がしたが、山姥切は気づかなかった。彼は可愛いは自分のことではないと思っていたので、別の誰かが可愛いことしてたのかな、と考えていた。江雪は特に何も気にしなかった。

「まあ、逆を言えば長く共にいすぎたからね。こんな時ぐらい離れるのも悪くないと思うし、折角なら色んな刀と関わりたいじゃないか。普通なら知らないままの刀もいることだし」
「あなたは…昔から…物怖じしない刀…でしたからね…」

 あの日光にも突撃するぐらいでしたし、と遠く思い出すように細められた目になにしてやがるんだあいつ、と呆れた囁きが溢れる。小さすぎて山姥切には届かなかったが。

「それに、南泉には会いたくなかったと言われたことだし、あちらも今の本丸での関係を優先したいんじゃないかな」
「なるほど……?」

 その割には後ろの面子の顔が凄い事になっているのだが、山姥切が嘘を言わない性格なのは江雪も重々承知している。だから南泉一文字がそう言った事は事実なのだろうと思ったし、会いたくなかったと言われたのなら関わりを避けるのも理解できる。特に山姥切が傷ついているわけではなさそうだったので、それこそ彼が言う宗三と長谷部のような関係性故の距離感なのだろうな、と納得した。納得したので、江雪はそれ以上の追求をやめた。こくり、と頷いてところで前に話した干し柿のお菓子の話ですが、と話題を変える。あぁあれは季節限定だから、と話を繋げたその後ろ。
 昔馴染みが大層顔色を変えていることを江雪だけが見ていたが、まあいいか、と流されたことを山姥切は知らなかった。









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