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月しるべ1(TIGER&BUNNY)
「おい…、バニー、……おいっ…!」
「う、…う、うわっ!?」
身体を揺さぶられ、バーナビーは飛び起きた。
体中から、汗が噴き出している。
うるさく顔に掛かる髪を掻き上げると、しっとりと汗で張り付いていた。
息は乱れて、心臓の音がどきどきと耳にまで響いてくる。
一瞬状況が判らなくて、きょろきょろとあたりを見回した。
「大丈夫か?バニー」
「…こ、虎徹さん」
同じようにベットに半身を起して、心配そうにこちらを覗き込んでいる。
そうだ、ここは虎徹さんの自宅。
昨日はこっちで飲んでて、そのまま……
額から、つうーっと汗が流れ落ちてくる。
それを見ていた虎徹が、シーツを巻き付けてベットからするりと降りた。
なんとなく姿を追っていると、キッチンへ降りていきお湯でタオルを絞って戻ってきた。
「ほら、汗拭け。冷えると風邪ひくぞ」
「……はい」
なんというか、気の使い方がお父さんのようだ。
バーナビーは先程までの恐怖も忘れて、小さく笑った。
たぶんこういう温かさがバーナビーにはとても心地いいのだ。
「どうした?ひどくうなされていたぞ」
「すこし、嫌な夢を……、見てました」
「どんな?」
受け取ったタオルで顔を拭いていたバーナビーの手が止まった。
しばらくじっとその様子を見ていた虎徹は、まるで自分の世界に入り込んだように黙り込んで
しまったバーナビーに、小さくため息をついた。
「ほら、貸せ。早く拭かないとホントに身体を冷やすぞ」
虎徹は質問を重ねることはせずに、止まった手からタオルを奪い取った。
少しだけ顔を上げたバーナビーの首から肩、背中に手を回して汗を拭ってやると気持ち良さそ
うに目を瞑って身体を預けてきた。
「よくわからないんです。ただ、少し怖い……」
「怖い?」
バーナビーは、片足をベットに乗り上げている虎徹の腰に腕を回した。
「……嫌な、予感がするんです」
ぎゅうっと力を入れてくる腕に、虎徹は自分の腹に押しつけられた柔らかい金髪のつむじを見
詰めていた。
今日ほどひどくはないが、最近よくうなされているのを見る。
なにかあったんだろうか?
「虎徹さん…」
ふいに顔を上げたバーナビーが、追い詰められたような目で見上げてきた。
「バニー…?わっ」
急に身体を起こしたと思ったら、あっという間に身体の位置を上下逆にされた。
なにを?と言う暇もなく、強引に唇が合わさる。
手に持っていたタオルが、濡れた音をたてて床に落ちた。
「んっ、…ん、こら」
「虎徹さん、虎徹…さん…」
額や頬、耳にキスを落され、啄ばむように唇に触れてから緩く噛んだ。
「うっ、ん…」
思わず顎を上げた虎徹に、バーナビーは首すじに潜り込むように汗ばむ身体を密着させてくる。
「バ、バニー?え、おじさんちょっともうクタクタなんですケド……」
腰に巻き付けられたシーツを、するりと剥がされる。
……問答無用なの?
なんだかな、どうしたものか。
昨日も考えてみたら、異様に執着するような行為だったし。
そうだ、最近ずっとおかしいような……
よく見るとかいう夢が関係しているのか?
すると、いきなり肩口に思いっきり歯を立てられた。
「…アッ!」
昨夜の熱がまだ身体に残っているのか、痛いはずの刺激が疼くような痺れになって、思わず思
考が飛びそうになる。
「集中してください、なに考え事してるんですか」
「だから…、オジサンもう疲れてるの、そんなに何回もできないのっ!」
バーナビーの表情が、ちょっとむくれたのが手に取るようにわかった。
「じゃあいいです。寝ててください、勝手にやってますから」
「ちょ…、勝手にって」
虎徹は、深いため息をつく。
これはもう諦めるしかない、どうあってもやめる気ゼロだ。
すっかりまな板のコイ状態になった虎徹は、それでも年上の寛容?を見せて人の腹の上で拗ね
ている後輩を引き寄せて、自分から口づけた。
驚いたように碧の瞳を瞬かせたバーナビーの、綺麗な顔に思わず見とれながら虎徹は苦笑する。
オレも大概、弱いな…、もうしょうがないけど。
さっそく機嫌をなおしたバーナビーが被さってくる。
疲れているはずなのに、すぐさま身体が煽られて熱くなっていく。
それにしてもコイツ、オレが初めてとか言ってた割にはすげーうまいんだよな…、や、オレも
男は初めてだが。
つーか、この年になって、まさか男に抱かれる日が来ようとは夢にも思わなかったっていうか。
後悔はしてないけど、いまだに慣れない……
「うっ、ちょっ…や」
身体をバーナビーの思うままに嬲られて、恥ずかしくて死にそうだ。
器用なヤツってのは、なにをやっても人並み以上にできるんだ、とかおかしなところで感心し
てみたり……
「顔を隠さないで、虎徹さん…」
「ぁ…、バニ……」
肘を掴まれ、そのまま頭の上に押しつけられる。
胸が開いた所に、バーナビーがのし掛かってきて肺が圧迫された。
ただでさえ息があがってるのに苦しいことこの上ない。
性急なバーナビーをいささか持て余して、抗議をするように押さえつけられた腕を上げようと
したが、それよりも早く、もう片方の腕で片足を抱え上げられて思いっきり体重をかけてきた。
「苦し…っ、バニーってば、……ぁあっ!」
時間が経つにつれ、すっかり置いていかれ気味になる虎徹の懇願が届いてないのか、バーナビ
ーは強引に身体を進めてきた。
――うわ、意識やべぇ……
なんかバニー完全に暴走してるっぽい。
もう気持ちいいんだか苦しんだか、わからなくなってきた。
するとバーナビーの汗が、頬を伝いその顎から虎徹の額に落ちてきた。
半分意識の飛んでいた虎徹は、無意識に腕を上げると滴るその汗をそっと指で拭った。
こんなときでも、その仕草はひどく優しい。
ふっと視線を虎徹に向けたバーナビーは、湧き上がる何かを堪えるように眉根をぎゅっと引き
絞った。
いきなり掻き抱かれて、虎徹は意識を引き戻される。
なにかが、琴線に触れたらしい。
でも、はっきり意識があったのはそこまでだった。
息もできないほど激しく揺すぶられて、頭の芯が痺れてきた。
あ、だめだ落ちる。
少しはオジサンを労わってよ、まったく……
それにしても――
気になったのは、ずっとなにか心の奥に抱えているの様子の、バーナビーのひどく屈託した様
子だった。
とりあえず、明日聞いてみよう。
こんなんじゃ、身体が幾つあってもたりやしない、マジで……
バーナビーは朝っぱらから、ベットの下でションボリ座っていた。
ベットに半身を起した虎徹がそれを見下ろしている。
「すみません、あの…」
「別に謝らなくていい」
怒っているわけじゃないのだ、さすがに気絶させられるとは思ってなかったが、合意の上での
行為にごちゃごちゃ文句をつける気はない。
ただ……、
「お前、ホントは夢の内容覚えてるんだろう?」
目に見えてギクッと肩を揺らす。
「煮詰まるまで放っておくな。確かに、オレはあまり頼りにならないかもしれないけど」
「いえっ、そういうことじゃなんです。本当に、どう説明したらいいのか…」
虎徹はあえて何も言わなかった。
「記憶が混乱してるんです」
「記憶?って、」
「両親が殺された時の記憶、…です」
さすがに、虎徹が息を飲む。
簡単に触れていい話か、思いあぐねているとバーナビーが続けた。
「犯人が、ジェイクではない気がして……」
「…それ、どういう」
「この間の火災現場でのフラッシュバックから、同じ夢をみるんです」
「えっ?って、すごい前の話しじゃないか。なんで今まで」
「それどころじゃなかったっていうか、実際、この間までそんな余裕なかったので」
つい先日、生死の境を彷徨ってバーナビーに心配掛けまくったのは、誰あろう自分である。
虎徹はちょっとバツの悪い顔をして苦笑した。
要は、虎徹の容体が気になるあまり、そのことに気が向かなかったということだ。
「オレが良くなってからも、もう随分経ってるじゃないか。言えよ、そういうことは」
「……まだ眩暈とか、ありますよね?」
バーナビーは、ふと声を翳らせた。
ついおととい、書類整理をしたあと顔を上げた際、立ちくらみを起こしたのを見ていたらしい。
目ざといというか…、こいつに隠し事が成功した試しがない。
「急に視点を変えたりすると、な…でもあれはたまたまで最近はほとんどなんともない。片目に
も大分慣れてきたし、もう大丈夫だって言ってるだろ」
あの事故のせいで、虎徹の左目はほとんど視力を失った。
今では明かりの明暗が辛うじてわかる程度である。
その為の弊害が、遠近感を狂わせるアンバランスな視界だ。
右目も疲れやすく、ひどいときは頭痛や眩暈を引き起こす。
それに――、
あまり右目を酷使しすぎると、近い将来そちらにも悪い影響を及ぼすかもしれないと言われて
いた。
虎徹さんは否定するが、この原因を作ったのは僕なのだ。
僕のせいで、虎徹さんに一生のハンデを負わせてしまった。
このことがバーナビーをひどく苦しめていた。
「バーナビー?」
「あ…いえ、ジェイクのことはもうすこし、僕なりに調べてみようと思います」
「そうだな、もう少し詳しい資料とか手に入らないか誰かに相談するのもいいな。オレの事なん
か心配してないで、お前もあまりひどいようなら専門医に診てもらったほうがいいぞ」
やっと笑顔を見せた虎徹を眩しそうに見て、バーナビーは素直に頷いた。
この時はまだ、バーナビーは事の重大さを理解していなかった。
よもや夢の一件がとんでもない災厄の序章になるとは、想像だにしていなかったのである。
そしてこんな穏やかな朝が、明日からもずっと続くのだと疑いもしなかったのだ。
「さて、今日はお前先に行けよ。さすがにシャワーも浴びたいし、不本意だがすぐには動けそう
にないからな」
虎徹は大きく欠伸をして、まるで犬を追い払うように手をひらひらさせた。
「え?じゃあ僕も一緒に…」
「馬鹿言えっ、二人して遅刻できるか。いいから、おまえは先に行ってロイズさんにうまい言い
訳でもしておいてくれ」
バーナビーの言葉尻に噛みつくように、虎徹が睨みつける。
別に今日に限ってのことではないが、特に昨日の今日のバーナビーでは尚更逆らえるはずもな
かった。
「……わかりました、先に行きます」
「ああ、オレも用意できたらすぐに行くから」
叱られた犬のように尻尾を垂らしたバーナビーを会社に送り出して、虎徹はようやくやれやれ
と溜息をついた。
「さてと、汗を流してくるか……っ!」
ベットから足を下ろした途端、ズキンッと腰から下に鈍い痛みが走った。
思わず床に手をついた虎徹は、可愛いけれど憎たらしい後輩に思わず悪態をつく。
……ったく、無茶苦茶しやがって。
とにもかくにも虎徹は四苦八苦しながらシャワーを浴びて、ようやく出かける準備を終える。
その頃にはなんとか身体の感覚も戻ってきた。
「よし、行くか……」
リビングを見ると、かなり散らかっていたが今は面倒なことはしたくなかった。
そういえば昨日はかなり酔って、なにもかも出しっぱなしだったか。
まあ、帰ってからすればいいか、といつものように気軽に考えて部屋をでた。
普段通りの日常……
しかし――
この日以降、虎徹がこの部屋に戻ってくることはなかった。
そして朝、別々に出勤した二人もまた、再会することはかなわなかったのである。
運命の歯車は回り始め、彼らは望むと望まざるとに関わらず離別のシナリオを強要されようと
していた。
つづく
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