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同人誌「何度でも好きな人」おまけSS

今夜も頼もしきミスターハニー

「んふふー。大和さーん」
「はいはい居ますよー」
「なんか、すげー出来上がってるけど大丈夫か?」
「久しぶりに外飲み許可したらテンション上がっちまったみたいだな。いーよ、そのために俺今日セーブしてるし」
 別にラビチャで良いのに「お騒がせしました」と二人揃って来るのだから律儀で、似た者同士だと楽は思う。
 二人が付き合っているのだと聞かされた時は驚いたし、意外だと思ったが、ずっと見ていると何となく納得できてしまうのが不思議だった。お互いの足りないところを補うように隣に立つ二人を見ていて「なるほどな」と妙な感嘆を覚えたのは一度や二度ではない。
 生真面目な壮五の肩の力を抜かせるのが上手い大和と、少し臆病な大和を急かさず、傍で歩みが揃うのを待ってやれる壮五。これ以上の相手は居ないなんて無責任なことは言えないが、それでも十分似合いな二人だとは思う。
 何もしなくて良いと言われたからその言葉には従うつもりで、それでも話を聞いてしまった以上状況が気になるのは仕方がないことだろう。ガス抜きになればと惚気でも愚痴でも聞いてやろうと大和を夕飯に誘ったら「ソウも連れてく」と返事が来た時点でもしかして、とは思っていたのだが、どうやら元に戻ったらしい。勝手に長期戦を覚悟していただけに拍子抜けだ。
 楽は大和の言う「大和のことだけが分からない壮五」を見ていないので特に元に戻ったという感覚は無いが、連れ立って来た二人は楽から見ていつもの二人だと思えるからそれで良いのだろう。
 グラスの空きに気を配って飲み物を頼んだり、猫舌らしい大和に合わせて早めに取り分けてやったりと甲斐甲斐しい壮五も、これとこれならどっちがいい? と遠慮しがちな壮五から食べたいものを聞き出す大和もよく見慣れた姿だった。
 大和の肩にもたれてにこにこ笑う壮五に一時間前の甲斐甲斐しさは望めないが、大和は一向に気にならないようだった。いくら二人がかりでそんなに気を遣わなくていいと言っても遠慮する壮五だから今くらいがちょうどいいのかもしれない。
「一応解決?」
「んー。多分な。もう二度と無いかは分かんないけど」
「ふうん。原因、てかきっかけとかあんのか?」
「簡単に言うと箱に鍵かけてしまい込んだらその鍵失くしたって感じ?」
「うっかりか」
「そうなのよ。うちのソウ意外とうっかりさんなの」
「どんだけ頑丈な箱にしまったんだ」
「さてね。少なくとも物理的に鍵をぶっ壊せる状況じゃなかったのは確かだな」
「……そんだけ逢坂の中では二階堂が特別なんだな。逢坂にとっちゃ四葉もすげーインパクトありそうだけど」
「どうなんだろうな」
「なぁに? たーくんの話?」
「うお、起きてたのか」
 溶け落ちそうなほど潤んで緩んだ瞳が少しだけ意思を持つ。寝落ちたのかと思っていたが話は何となく聞こえていたらしい。
「四葉は大事じゃねーの?」
 楽が問うと、「四葉」が誰のことか脳内で検索しているのかひとしきり逡巡した後、壮五は幼い口調のまま話し出した。
「たーくんは大事だし大好きだよ。だからたーくんはかっこよくて優しくて素敵なんだよーっていつでも言えるように、すぐ見せびらかせるようにしてるの」
「じゃあ二階堂は?」
「やまとさんはだぁめ。誰にもとられないように、鍵をかけてしまっておかなきゃ」
 きっぱりとした断定的な口調は酔っ払い特有の呂律の回らなさがありつつも、意思の強さを感じ取るには十分だった。
「何で? 何で二階堂は駄目なんだ?」
「おい、八乙女」
「今聞かなきゃもう聞けないかもしんねぇだろ」
「そうだけど。何でおまえが突っ込むんだよ」
「代理」
「頼んでねーし」
 楽と大和の言い合いは聞こえているのかもしれないが、楽の問いへの答えを考えるのでいっぱいいっぱいなのか理解が追いつかないのか壮五が二人のやり取りを気にする素振りは無い。えへへ、と普段の冴え冴えとした印象とは程遠い子どもじみた笑い声を上げた壮五は離さずにいたグラスの中身をちびりと減らしてから口を開いた。
「やまとさんがかっこよくって、やさしくて、ちょっとだけ寂しがり屋なことは僕が知ってればいいの」
 何気なくグラスを傾けたところだった大和がげほ、と噎せる。素面ならすぐに「大丈夫ですか?」と労るだろう壮五だがそこまで思考できないようで気づいている素振りも無い。
 誰にも教えない、僕だけの大和さんなんだからとくふくふ笑う壮五は隣に座る大和の反応に構うこともなくひどく楽しげだ。
「……おまえの大和さん、隣で沈没してるぞ」
「あれー? どうしたんですか? 眠い?」
「や、平気」
 とさりと突っ伏した大和がのろのろと顔を上げる。隣に座る壮五には見えないだろうが、その表情は正面にいる楽には丸分かりで。思わず吹き出した楽を睨みつけて来たが、その視線にも常の鋭さは一切無い。
「二階堂、顔。溶けてる」
「いや、溶けるだろ。無理、口が緩む」
「しっかりしろ、アイドルだろ」
「今はオフだよ。いつでも八乙女楽なおまえとは違うんだっつーの」
「嬉しい?」
「……めちゃくちゃ。勘弁しろよマジで。かわいすぎる」
「そりゃ良かったな」
 ごろごろと喉が鳴るんじゃないかと思うくらいの勢いで大和に懐く壮五も、それを鬱陶しそうにする様子もなくただ宥めて甘やかす大和も幸せそうで。よく分からないが丸く収まったのなら良いのだろうと思えた。
 いよいよ本当に寝落ちるのか、大和が目蓋を重たそうにした壮五の頭を撫で、手の平で目をほんの少しの間覆ってから手を離すと菫色の瞳は見えなくなった。どうやら寝かしつけたらしい。
 壮五が持ったままだったグラスをテーブルに戻した大和がぽつりと話し出す。
「……ソウがさ」
「ん?」
「最近酒飲んでも切羽詰まったワガママ言わなくなって」
「切羽詰まったワガママ?」
「今もあれ食べるから取って、とかあれしてこれしてってやってもらいたがるのは変わんないんだけど。前は『今じゃないと駄目』って言ったんだよ」
「へえ」
「明日とか今度とかは通じなくて、とにかく今すぐって。それはまあ経験からくるやつだから意味不明な言動ってわけではないんだけど。だからこそソウが待てるようになったの、すごいことだと思ってて」
 ほとんど独白に近いのだろう。大和は楽に自身の知る壮五の過去を話すつもりはないらしく、話はそのまま進んでいく。本人の許可なく聞いていい話とも思えなかったため、楽は静かに聞き役に徹することにした。
「それは良いことなんだよな」
「ん」
「なら良い」
 楽に言えるのはそれくらいだ。ここに至るまでの二人の間に何があったのか、詳しく知っているわけではない。それでも何も知らないというわけでもない。
 壮五の頭を撫でる大和の手が壊れ物に触れるように優しいこと、壮五への好意が言葉の端々に滲んでいること。壮五にしても、事あるごとに大和を優先し、慕っているのだと全身で示していること、意外なほどの頼もしさで大和の手を引いていること。
 全てを把握していなくても分かることはある。恐る恐るという風にようやっと手を繋いでいるようだったから途切れなくて良かったと、それだけを思う。
「まあ、またいつでも連れて来いよ。二人揃って潰れない限りは歓迎する」
「さんきゅ。ちゃんと打ち合わせしとく」
 幸せならそれで良い。ぐったりと落ち込んでいるのを見るよりだったら惚気話に付き合わされる方が何倍もマシだった。そんな酒の肴も悪くはない。



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