『スーペリア・フェイス』



今日はふたりとも仕事は午後からでゆったりした朝。
遅くまで睦みあったシーツの中で音也が目を覚ますと、トキヤはもうすっかり服を着こんでコーヒーを飲んでいた。部屋に充満する朝の香り。
寒い時期は起きるのがつらかったけれど、今はこうしてひと足先に起きた恋人が部屋をあたためておいてくれる。それがどれだけ目覚めの瞬間を心地よいものにするか、明日こそはトキヤにも感じさせてあげたい。そう思いつづけてもうどれだけ経つのやら、だけど。
手を伸ばして髪の毛に触れる。毎日1時間かかるセットはまだのようで、遠慮なくそのこしのない感触を楽しんでいると。
「なぜレンと聖川さんは、ファンの方に『様』付けで呼ばれるのでしょうね?」
テレビを見ていたトキヤが振りかえった。
番組はワイドショーだ。ゴシップには辟易しているようだが、トキヤは毎朝これを見る。職業柄、というやつなのだろう。
「イケメンだからじゃない?」
栄養がゆき渡っていそうな黒髪の、少し伸びているサイドの部分をみつあみにしていく。我ながらけっこううまい。なぜなら、施設でよく女の子にしてあげていたから。
「……」
トキヤは眉間に一本しわを刻んで、黙ったままテレビのほうに頭を向けた。
「ふ」
音也はちいさく吹き出す。編みかけのみつあみをほったらかして、寝転がったままトキヤの首にうしろから抱きついた。
「心配しないで。トキヤだってイケメンだよ」
あやすように頬ずりしても、眉間のしわはさらにもう一本増えた。
「当然でしょう。わたしは」
自信をなくしたわけじゃなかったらしい。それもそうか。
トキヤの顔は、それはもう女優顔負けのケアを日々ほどこされているのだけど、そういうこととは別に、生まれつきとびきりきれいにできていた。
そしてそれをトキヤ自身もよくわかっていた。努力しなくても褒められるのは顔だけだと、前にこぼしていたことがある。あれが自慢なんかじゃなく、裏をかえせば、顔以外のところではもともと何の取り柄もないという弱音だったのだと、気づいたあたりが恋のはじまりだったかもしれない。
「うん。でもトキヤがイケメンなのは、見た目だけじゃなくって中身もだからね?」
皮のうすい首すじに吸いつくと、耳たぶに赤みが差した。今さらこんなことで照れる恋人はイケメンというよりかわいくてしょうがないのだけれど。
「……そんなことを言うのはあなたくらいです」
首に巻きついていた音也の手を片方とって、トキヤは自分の指をからめた。そうして振り向きざまに口づけをする。
二度、三度、角度を変えながら相手のくちびるを味わう。ミルクも砂糖も入っていないコーヒーは飲めないはずなのに、トキヤのここを介すとおいしくなるから不思議だ。
シャツのボタンに手をかけた。
経験上、確率は半々。トキヤはせっかく着替えた服をもういちど脱ぐことになるのか、それとも、音也が顔を洗って身支度をはじめるか。
さっきまでの経緯があるから、今日はちょっと有利かな。
そう思っていると案の定。ベッドに膝を立てたトキヤの顔は、ゆうべ何度も見たあの顔だった。



「一十木様……いや、音也様……?」
ようやく音也が歯を磨いていると、腕をくんでじっとこちらを見ているトキヤと鏡越しに目があった。
「ふぁに?」
泡だらけのよだれを垂らしながら聞き返す。
むずかしい顔のまま、トキヤは独り言のようにつぶやいた。
「ワイドショーに映らなかっただけで、呼ばれているのかもしれませんね。オトヤサマ……おとやさま」
語呂をたしかめ、納得したようにひとり頷いている。
「なに言ってんの、トキヤ?」
口をゆすいで、洗面所から出ていこうとしていたトキヤの袖をつかんだ。
「イケメンだと『様』付けされるのでしょう? あなたもじきにそう呼ばれるでしょうから、どちらだろうかと思ったんですよ」
「は? おれ?」
面食らう音也をよそに、トキヤは表情を険しくした。
「というか、とっくに呼ばれていても……あなたのファンはなにをやっているんですか」
もしかして。
「……トキヤ、おれのことイケメンって思ってくれてんの?」
さっきの眉間のしわは、これが原因だったのか。トキヤ自身のことではなく。
「はぁ? そうでなければ付き合っていませんよ」
ばかですか、とでも続きそうな様子は甘さも何もあったものじゃないけれど。
知らなかった。トキヤの恋人というこの地位は、中身で勝ち取ったものだと思っていた。
よくベッドのなかではかわいいとうわ言のように囁いてくれるけれど、それはなにか情とかそういう種類の、音也という存在に対する感想なんだと思っていた。
いや、それはそうだったのかもしれないけど。
トキヤとちがって昔から、顔をほめられるのは最後だった。性格、歌、演技、ギター。顔がそこそこでも他の魅力さえあれば、アイドルとしてやっていける。そう信じて、とくにこの顔を不満に思ったことなどいちどもなかった。
なのに今、かなりうれしい。
好きな男にこの顔を気に入ってもらえている、それだけのことが。
「ありがとう、トキヤ」
静かに感動する音也の前で、トキヤはただ怪訝そうに首をかしげるだけだった。












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