拍手ありがとうございます!お礼代わりの修行中ジョセシーをどうぞ↓




 どうしてあんなことをしたのかわからなかった。
 毎日続く修行と、その元凶である極限の状況に疲れて判断力が鈍っていたんだ、というのはただの後付けの理屈で、原因にはなっても理由にはならない。なぜあんなことをしたのか、思考はそこで堂々巡りを繰り返して、何度も浮かべた光景をもう一度思い出す。
 窓にかかるカーテンが半分開いていて、濡れた黒髪は普段よりもひどい跳ね方をしていた。くたびれたソファに横になるJOJOの睫毛の長さまで覚えているのに、触れた唇の感触だけがおれの記憶から抜け落ちていた。


「シーザー、ひどいクマじゃねえの。ゆうべは眠れなかったわけ?」
「……うるせえ、スカタン

 誰のせいだと思ってる、とは言えずに適当な返事を返した。その瞳を直視できる気がしなくてとっさに目をそらす。不自然な動きに気づいているだろうに、JOJOは何も言わなかった。
 昨日もそうだった。ソファに仰向けに転がるJOJOにキスをして、我ながら自分の行動に戸惑ったおれは一瞬そこから動けなくなった。その場に凍りついたまま、触れた感触にか、落ちた影にか、眠りを覚まされたらしいJOJOの瞼が開くのをおれは確かに見た。ばちりと目があって、言い訳はできないと覚悟を決めたのも覚えている。なのにあいつは何も言わずにそのまままた目を閉じたから混乱してしまった。
 結局、慌てて部屋を飛び出してしまったからJOJOの意図は問えていない。自分の行動が信じられず、問い詰められたくないがために立ち去ったのだからこちらから口にすることはできなかった。

 そんなことがあったというのに、今朝のJOJOはまったく平静だった。いつも通りに人を喰ったようなことばかり言うし、なんでもないような顔で触れてくる。JOJOの顔を見るたびに意識して身構えてしまうおれが馬鹿みたいだった。
 あまりに何事もなかったような顔をしているから、本当に勘違いしてしまいそうになる。JOJOと目が合った気がしたのは動転していたからで、きっと瞼が動いただけだったに違いない。そもそも毎日修行を共にする弟弟子にキスをしたということが信じがたくて、すべて夢の中の出来事にしてしまいたかった。平然としているJOJOも、それを望んでいるのかもしれない。結局口にすることはできそうにないのだから、忘れてしまうのが一番なのかもしれなかった。

 そんなふうに決着をつけて、何かの間違いだ、気の迷いだと自分に言い聞かせて冷静になろうとつとめる。考えに沈んでいたから、ふいに声をかけられて大げさに驚いてしまった。

「シーザー、なにしてんの? 早く行かねえとまたどやされるぜ」
「あ……ああ、そうだな」

 そのまま手を取られ、二人並んで屋敷の廊下を歩き出す。半歩前を行くJOJOの様子はまったくいつも通りで、やはり昨日のことは忘れてしまおうと決めた。きっと、あいつの寝顔が幼い妹のものとだぶったのだ。自分の行動の意味はいまだにはかりきれないが、親愛の情を込めたものであってそれ以上の意味はないに違いない。そうでないと困る、気がした。

「シーザーさあ」
「……なんだ?」

 振り返らないままに名前を呼ばれて胸中にさざ波が立つ。そういえば、こんなふうに手を取って歩くなんてことが今まであっただろうか。突然前を行くJOJOの歩が止まって、ぶつかりそうになるのをこらえる。くるりとこちらを向いた瞳は昨日と同じ強さでおれを射た。

「ゆうべのこと、忘れようとしてる?」
「――なっ!?」

 唐突に爆弾を落とされて声が上ずった。しまった、と思うのはいつだって一瞬後だ。落ち着いて、なんのことだ? とでも言えばごまかせたものを、今の反応では確実に覚えていることが知られた。JOJOは唇をたちの悪いかたちに歪めて、そこをトントンと人差し指で示してみせる。深い色の瞳は笑みに細められていて、その笑い方にすべてを悟った気がした。

 JOJOと過ごした時間は決して長いものではない。けれどその密度は普通ではないほどに高く、たとえばおれはあいつの呼吸のしかた、癖まで知っている。笑みひとつであいつの考えそうなことは見抜けるほど、おれたちは近いところにいた。
 ゆうべ、JOJOと目があったのは気のせいなんかではない。確実にあいつは覚えていて、おれの行動の意味までわかっているのだろう。もしかしたら濡れ髪のままソファに横になっていたのも計算で、すべてはあいつの手の内だったのかもしれない。だとしたらおれは蜘蛛の巣にかかる蝶のように引きずり込まれたのだ。あっけにとられて見つめる先のJOJOはまだ笑っている。それがくやしくて、一矢報いてやろうと思うのは生来の負けず嫌いからだ。

「……忘れるわけねえだろ、スカタン」

 言ってかかとを上げ、おれよりも高い位置にある唇を合わせる。不意打ちだったのか、慌てふためくJOJOの頬は赤い。年上をからかうんじゃねえぜ、と言いながらこれもあいつの計算のうちだろうか、とふと考える。もう一度、今度はJOJOからもたらされるくちづけを目を閉じて受け止めながら、もうそんなことはどうでもいいような気がしていた。




お礼画面は一種です



ついでに一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)
あと1000文字。