パラパラという雨音で目を覚ました。覚醒しきれていない頭で目を凝らして壁掛け時計を確認すると、午前4時を指しているところだった。
夜明け前の室内は春になったというのに、よそよそしい位に冷えていて、ぶるりと体が震える。

隣でぐっすりと眠ったままの彼女を起こさないように、そっと起き上がってブラインドの間から外を眺めると、ミルク色の雨粒が窓を叩いていた。遠くの景色は水蒸気が煙ってぼやけている。淡いブルーグレーの光景に何処かで見た水彩画を思い出した。

寒さに耐えきれず、シャツを着ようとしたが、床へ乱雑に散らかした服や下着の様子に苦笑した。
さすがにこのままには出来ないので一つ一つ拾い上げて無造作にたたんでいく。
本当は、彼女の下着に手をつけるのは気が引けたのだが、朝起きて慌てられても困るので纏めてベッドの足元に置いておくことにした。

それにしても…いくら12日ぶりだったとはいえ、少々性急すぎる自分達が恥ずかしい。これじゃあ、盛りのついた獣と同じだ。
少し前に彼女にプレゼントしたのピンクのワンピースに至っては、ファスナー部分がバカになっていた。上手くやれば綺麗に噛み合うと思うが…自分らの性をまざまざと突きつけられた気がして、すぐに直す気にはなれなかった。

拾ったシャツの冷たさに着るのを迷った。すぐに体温で暖かくなると信じて袖を通す。
やはりヒヤッとした感触に鳥肌が立ったが、、思った通り、ほんの少しのことで、すぐに自分の体温でぬるい綿の感触になった。

(集合時刻まで、4時間以上あるな…)

二度寝してしまおう。
冷えた体を再び彼女の横に滑らせると、眠ったままの彼女が身じろぎしてスペースを開けてくれた。
身体を繋ぐ関係になってから、無意識のうちにそうやって彼女の身体が反応してくれるのが嬉しくて愛おしい。

横向きになってリノアを見れば、彼女の黒髪がシーツに広がっていて、深い海を思わせた。心を映す瞳は閉じられ、長い睫毛が影を落としている。時折、ほんの薄く開かれた唇から、吐息のような音が聞こえてきた。
白皙の肩にブランケットをかけ直してやると、彼女の眉が少しだけ下がった。

(きれいだ…)

普段は元気いっぱいで可愛いと思う事の方が多いが…二人きりになって、特にベッドの気配を感じると、彼女はしっとりとした色気を漂わせて甘く香る。太陽とキャンドル――二つとも暖かな光だが、彼女の昼と夜はそれほどの違いがあるように思えた。
どうしても触れたくなって、指先で確かめるように頬に触れてみた。

「ん……」

短時間で何度も周りの空気がかわったせいか、リノアがゆっくりと瞼を開いた。スローモーションのように目がそらせない。
開いたばかりの双眸は、ガラス玉のようにひどく透明だったが、次第に彼女の魂の色を宿らせた。目を少し細めて眠たげに微笑んだ。
目を細めて笑うリノアの顔は、実は一番好きな顔だ。

「おはろ」

リノアの寝起きの言葉は、少しだけ舌足らずになる。そんな言葉一つですら不埒な気持ちがわき上がってしまう。が、気付かぬ振りをしてやり過ごす事にした。

「起こしてすまない」
「いま、何時?」
「5時前だ」

頬に手を当てたままそう答えると、リノアが俺の手を取って掌に甘えるように頬を擦り付けてきた。元々素直な彼女だが、こうやって甘えてくれると嬉しくて仕方ない。同時に抑えていた欲も目が覚めてしまいそうになる。
けれど今の仕草では、起き抜けを襲うのには何となく罪悪感が湧く。

「寝てていいぞ」
「うん…でもちょっと寒いかも。ね、スコール、ハグして」
(それは…反則だ、リノア)

向かい合わせに身体を向けてきたリノアが両手を差し出してきた。その拍子にかかっていたブランケットが肩からするりと落ちて、胸元の先をギリギリ隠す位置に留まった。胸なんてもう見慣れたはずなのに、自分が付けたキスマークが視界に入って反射的に視線をそらしてしまう。
それだけじゃない、横向きになったのでなだらかな腰つきが余計ハッキリして…つまりはもの凄くそそる。

「ね、寒いよ。ハグハグ」
「…してやるから、何か着てからな。風邪ひくぞ」

笑って余裕ぶったが、理性がこれ以上は限界だと訴えてきた。腰の疼きが嗤いながら中心を浸食してくる。懺悔すれば、起きた時から彼女ともう一度…なんて考えていたけれど、朝の生理現象かもしれないと自分をごまかしていた。
考えが甘かった。いつでもリノアの事になると理性なんて意味を成さないのは自分が一番良く分かっていたはずだったのに!
「スコール」
(………なっ!)

返事をする前に彼女が俺を抱きしめてきた。彼女の熱い息が胸元にかかる。全身を包む柔らかな感触に反し、彼女のつんと尖った乳首がシャツ越しに感じられて、あまりの衝撃的な状況に理性は喜んで白旗を掲げてしまった。
おまけに彼女の太ももが下着越しに…当たってる。
とどめの刺激で全身の血液が沸騰して一点に集まって行くのを止められない。もう無理だ。熱の解放しか打つ手立てはない。
緊張して足が攣りそうだ。

「あのね、スコールが起きた時…本当は私も起きてたの。背中とか腕とか、格好いいなって…見てたら、その…したくなっちゃって」
(!?…し、したくなった…って、つまりは…そういうことだよな)
「幻滅するよね…こんなえっちいの、スコールイヤだよね」
「ぜ、ぜぜん(!?!?)」

どもって上手く舌が回らない。まさかのリノアの上げ膳据え膳。これ、夢じゃないか?
手の汗が止まらない。喉はカラカラで唾を飲み込むのすら億劫だ。心臓があり得ないスピードで鼓動を鳴らしているのが耳の奥で聞こえる。

自分の胸元で言葉を紡ぐリノアを見れば、チラッと見えた耳の裏が真っ赤になっていた。
それを見た瞬間、なぜかホッとしたのだ。ドキドキしているのが自分だけではないと分かったからなのか、さっきから翻弄されていた自分に形勢逆転のチャンスが訪れたからなのか…

「ホント?」
「ああ。ビックリしなかったと言えば嘘になるが…イヤじゃない。むしろ嬉しい」

彼女の髪に音を立ててキスをすると、彼女が顔を上げてくれた。
額へもう一度キスを落として微笑みかけると、やっと彼女も照れた笑顔を見せてくれた。

「可愛くて、色っぽくて…すごくドキドキした。何より、こういう会話が出来ること自体、俺達の関係が進んでいる感じがして…それも嬉しい」

付き合い始めの頃はぎこちなく過ぎていたのに、深い関係を結んで、いつの間にかこんなにしっくりくる間柄になっていた。
たとえそれがセクシャルな会話だったとしても、前へ…確かに進んでいるのだ。

「喧嘩も前より減ったもんね」
「そうだな、良い意味で力が抜けてきたのかもな。…ここも」

そう言って、すかさず彼女の下の膨らみに手を添えた。リノアの小さな喘ぎ声で、背中に快感が走る。
子供の頃には教わらなかったキスでお伺いを立てれば、待ちきれない風情で舌を絡めてきた。

「えっちいね」
「お互い様だ」
「うん」

さあ、おしゃべりはここまでだ。時間はまだまだたっぷりある…何から始めようか。

手始めに、約束のハグからにしよう。
抱き寄せた体から、春の雨の匂いがした。



pixiv限定であげていたものです。
引き取ってこちらで掲載。



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