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[夜桜万華鏡]

満天の星空をこの浅草で見たことはない。その代わり、夏になると毎年大輪の花が夜の漆黒に鮮やかに咲く。毎年隅田川付近の会場で警備を担当することの方が多いが、今回は人手が足りているということで駆り出されることはなく、玲央と真武、二人揃って休暇を取れた。
「……おはよ」
「おはよう、玲央」
いつのまにか猫のように玲央の布団に入り込んでいる真武にも慣れた。少し温度の低い足先が玲央の脚に絡みついて、さわさわと触れてくる。眼鏡のない真武の寝起きの顔は少し幼くて、高い鼻をするりと撫でて鼻頭にキスを落としてやると擽ったそうに笑う。やばい。可愛い。可愛すぎる。
久々の二人の休暇は朝からだらだらといちゃついて、そのままの流れで身体を重ねたり。いつのまにか日が昇り熱が篭っていた古い和室で、お互い、暑い、といいながらやっと室内が蒸し風呂状態なことに気づいて、眼鏡のない涼やかな風貌の真武が眦を赤らめたまま笑って窓を開けてくれた。這いずるように窓辺まで行くものだから、その背中の真白さと、真夏の影の濃さに胸がざわついて、腰にまた縋り付いてキスの雨を降らした。
朝食兼昼食の簡単な食事をとり、どことなく浮ついた街を歩いて、割れた茶碗の代わりを物色していたらもう夜だ。
「とっておきの特等席があるんだ」
律儀に花火会場に足を向けようとする真武の手を引いて、交番の上にあるエレベーターを使って屋上へ行く。許可はとっているのか、と聞かれて、それはお忍びってやつ、と言えば、苦い顔をされたが特にそれ以上の文句は言われなかった。そもそもたまに屋上にいって、街を見下ろしながらタバコ休憩とかしていることは内緒だ。ただ聡い真武のことだからとっくにバレているのかもしれない。
二人お揃いの浴衣は、真武がどこからか手に入れてきたものだ。濃紺の絣は、新品というほどではないがそれなりにきちんとした仕立てだ。問屋が多いこの界隈で、知り合いの新古品を扱う店で、在庫処分として破格の値段で貰い受けたらしい。男着物は売れなくてねえ、と苦い顔をしていた、と真武は言う。
真武は料理をする手際の良さでさっさと玲央、そして自分を着付けてしまう。その指先が身体をさりげなく這うたびに、真昼の情事を思い出してドキドキした。涼しい顔をしているが、さっきまで、この男は自分の腕の中で女のように喘いでいたのだ。
「玲央?」
「あ……いや、もうすぐだな」
古びたエレベーターが屋上につくまで、そう長い時間はかからなかった。
エレベーターの扉が重たく開くのももどかしく、真武の手を引いた。
「玲央、そんなに引っ張るな、弁当が崩れる」
「はいはい、わかってますよ」
新妻よろしく真武がいい、開始の淡い、小さな花火があがった。風はほとんどない。夜店もない通り道だというのに、人々は足を止めて道から花火が見えないか、と話しているようだった。大きな音が立て続けに聴こえる。
レジャーシートを敷いて、二人で座り。スカイツリーと、花火を見る。缶ビールをあけて乾杯だ。
元は鎮魂のための花火だというそれは、むしろ生命力にあふれていた。熱が舞うこともない虚空に、星が瞬くこともない都会の空に、艶やかな熱の塊を開いていく。
「来年も、また見たいなあ」
「それは……そうだな」
「休みが取れたらだけど」
「二人が一緒に、ていうのが問題だな」
職場も同じ交番勤務だと、共に休暇を取ることすらままならない。ぼやきながら、けどけど、と玲央は言う。
「でも、仕事で離れ離れになるより、二人でずっと一緒に働く方が一緒にいられる時間は長いよなっ」
「……同棲しているのに、まだ足りないのか?仕事でくらい離れたいとか、ないのか」
「ない!真武だって、そうだろ?」
今のは強気な発言だっただろうか。共に生きるのが当たり前で、てっきりお互いの想いの重さも密度も同じだと思い込んでいたけれど。
真武は眼鏡の奥の瞳の、長い睫毛を少しだけ震わせて。
「そうだな、俺も同じ気持ちだ」
と、そっと手を重ねてくれた。
「ま、真武〜〜〜!」
温かな気持ちで胸がいっぱいになって、思わずその薄い胸に飛び込む。体のバランスを崩して、真武が倒れこみ、肩越しに花火を見つめていた。眼鏡がずれて、緑の瞳が露わになる。
「玲央……花火、見なくていいのか」」
頰に、鎖骨に、首筋に、強く吸い付いてくる玲央に呆れ声で真武が言う。
帯にまで手を掛けてくる相棒を、それでも拒否はしなかった。だが、その手がピタリと止まる。
「……真武、また着付けできるよな?」
「まあ、できる」
「じゃあ、脱がしていい?」
流石に素っ裸でエレベーターから降りて交番に直行、というのも下手したら自分たちがお縄になってしまう。
玲央の欲望に満ちた素直な質問に、ふ、と笑い、好きにしろ、と真武が首の後ろに手を回してきた。




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