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とある小説家と大学准教授 ver.カイ+レク
だだっ広い講堂の、だいたい半分くらいは埋まっているだろうか。
学生なんていい御身分とっくに卒業したはずだが、現在の自分を鑑みると対してあのころの自由気ままな生活と変わっていないような気がする。
三十路も過ぎたおっさんが、恋人のひとりふたりも作らずこんなんでいいのだろうか。
そんなことを考えると自分がモテないという事実まで芋づる式に出てくるので、強制的に思考を打ち切った。
兎に角此の分では、全く関係のないおっさんがひとり紛れ込んだところで気付かれはしないだろう。
「犯罪は血筋にも色濃く影響されていると言われることがありますが・・・」
静かな空間に、柔らかな声が響く。
手近な椅子に腰を下ろすと、聞くともなくその声が耳元を流れていった。
彼が教壇で声を張るたびに、だらしなく結ばれたネクタイが揺れる。その揺れを辿るように、もう随分と長い付き合いになる友人を目に映した。
包み込むような温かな笑顔からは、彼が生徒諸君に慕われている理由がよく分かる気がする。頼りなさそうでありながら、なんとなくこっちが頼ってしまう雰囲気を持っているのだ。
そんな「いいひとさ」が滲み出ているこの教師の専攻は、犯罪社会学。従って、いまこの講堂で繰り広げられているのは犯罪の話なわけである。
「世の中の殺人犯は・・・」
この顔で、この話題。彼の柔らかな声とも相俟って、アンバランスなことこのうえない。実際にこの場にいる人間で、その違和感を感じない者はいないのではないだろうか。
とは言いつつ、私だってやのつく職業に間違われるほどの体躯でありながら、小説家なんてものをやっていたりする。もちろん「売れない」の形容詞を忘れてはいけないが。
アンバランスさはどちらのほうが勝っているのだろうかなどと、至極くだらないことまで考えてしまった。
「この家系には確かに殺人犯が多いですね。しかし・・・」
ちらりと時計に目をやると、そろそろ授業の終わりに近づいていた。それに伴い彼の話も佳境になっていくのが感じられる。
熱心に授業に聞き入る生徒たちに交じっていた睡眠学習中の生徒も、もぞもぞと動き始めた。
半数に近いほどの生徒が旅立っていたのは気が付いていたが、それも仕方のないことだろう。興味がなければ取らなければよいのだが、こういう授業の取り方は私にも覚えがあった。
彼の授業は、諸事情により休校がやたらと多いのである。
「では、今日の授業はここまでにします」
終りを告げる声に、ばらばらと人が動き出す。
可愛らしい女生徒に囲まれる彼を見ながら、波に乗るように講堂をあとにした。
「お待たせ、カイル!」
「そんな待ってないぜ、授業聞いてたしな」
研究室に駆け込んできた彼に、小さく笑ってみせる。
授業が終わったあと生徒に囲まれて遅くなるのは、いつものことである。
「あっ、やっぱり講堂にいたんだ」
「ん?オレがいたこと気づいてたのか?」
「うん!そりゃあ、カイルだしね」
満面の笑みを見せながら、彼は持ち帰った道具をてきぱきと片づけていく。
私はこれから彼のフィールドワークに同行するために、大学まで押し掛けてきたのである。
彼のフィールドワーク、即ち実際の殺人現場へと赴こうとしているのだ。
「よし、じゃあ行こうか」
「おう」
そんな場所彼には似つかわしくないと思うし、行ってほしくないとも願っている。
それでも彼が殺人現場に引き寄せられるのならば、せめて支えにだけでもなってやりたい。
私にだって、彼になにかしてやれることがあるはずなのだ。
笑顔の裏の彼を想って、静かに拳を握り締めた。
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