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『暑さ、空腹、良い匂い』   桜葉→主人公




夏の刺すような日差しがアスファルトに降り注ぐ。

焼かれたアスファルトはじりじりと靴底から足元を暖め、伝わる熱に不快な気持ちを煽られる。



市立図書館の玄関口から出た足が自然に止まり、大きなため息がこぼれる。時刻は午後一時を少し回ったところだ。一日で一番暑い時間は午後二時ごろだと、テレビで言っていたのを思い出す。夏特有の湿気を帯びた暖かい風がスカートを撫でた。



朝から図書館に来て勉強をしていたのだが、昼食のことを考えていなかった。

勉強に集中していた頭が、お腹の音で空腹を認識したのが十二時半頃の事だった。

いったん空腹を意識しだすと、そのことばかりに気がいって勉強どころではなくなった。

勉強の合間合間で昼食のことを考えてしまう。近くのコンビニで軽いものを買ってきて食べようか。いや、館内で食べるのも窮屈な気がする。

図書館は駅前の喧騒からは少し離れた位置にあるとはいえ、二十分も歩けば駅に着く。駅前まで行けばファーストフードでもなんでも、涼みながら食事できる場所はある。

勉強を早々に切り上げて、荷物をまとめて玄関口まで来たところで、むっとした夏の暑さに足が止まり、今に至る。



えいと自分に気合を入れて、炎天下を歩き出す。すぐにじっとりとした汗が首に纏わり、お気に入りのブラウスも肌に張り付くようで気持ちが悪かった。

図書館の静けさは勉強にはもってこいかもしれないが、個々で勉強している空気が落ち着かないと感じることがある。たくさん人がいるのに独りきりのような寂しい気持ちになる。改めて、どこかでほっとしたいと思った。喫茶店だろうか。落ち着ける場所が良い。



駅前までの道のりを半分ほど歩いたところで、バスに乗ればよかったと思い至ったがそれも今更だった。

後ろから来た自転車が軽快に横を通り過ぎた。風を孕んだTシャツの背中が気持ちよさそうで少しうらやましかった。二メートル程先を行った自転車が、何かを思い出したように止まり、振り向いた。



癖のある茶色い髪の毛が太陽の光を浴びて、飴色にキラキラしていた。

私の顔を確認すると、自転車を急旋回させてこちらに寄ってくる。幼い頃からよく見知ったお隣に住む幼馴染だった。



「よ。奇遇だな」



自転車から降りると、それを押しながら彼が近づいてくる。鼻先にパン屋さんの良い匂いが香ってきた。彼の服に染み付いた匂いなのか、自転車のカゴに入ったカバンから香ってくるのか。

意識がパンに集中していた私が口を開くよりも先に、お腹が彼に挨拶をした。



「……腹減ってんの?」



苦笑いと一緒に私がひとつ頷いて返すと、彼はくるりと自転車を方向転換させ、サドルを跨いで荷台をぽんぽんと叩く。



「乗れよ。うちで俺の新作食わせちゃる」



駅前の桜ベーカリーの長男である彼の言う新作はもちろんパンのことだろう。彼の家に行くということは自宅に帰るようなものだが、せっかくの夏休みにせっかくの誘いだ。

お言葉に甘えてサドルに跨ると、ひやっとした金属の感触に思わず声がでた。



「ま、跨るなよ、スカートで!」



言われて、慌ててもぞもぞと横乗りに体勢を変える。

進行方向に対して左を向く形になった私は、右腕を彼のお腹に回して左腕を彼の左わき腹に添える。

汗で湿ったブラウスが、彼に触れないようになるべく体を離していると、危ないからもっとしっかり掴まっとけと怒られた。

それでも体を離す私に気を使ってくれているのか、スピードは緩やかで段差も意識して避けてくれているようだった。家に向かう経路も、大通りを避けて裏道を通っているようだった。

心地よい風が頬を撫でていく。途端、がくりとした揺れに慌てて腰に回した腕に力をこめる。



「わり、猫飛び出してきた。大丈夫か?ていうか、しっかり掴まっとけって」



だってブラウスが汗で濡れてるからと返すも、そんなん気にすんなの一言で一蹴されてしまった。

おずおずと、彼の背中に体を寄せる。触れた瞬間、くすぐったかったのだろうか自転車が少し蛇行した。びっくりして顔も背中に寄せると、鼻先を焼きたてのパンのような良い匂いがふわりとくすぐった。

なんだかほわっと暖かい気持ちが胸に広がって、自然に笑みがこぼれた。

幼馴染の「なんだよ」というぶっきらぼうな声も心地よくて落ち着いた。



もう少しだけこのままでいられたらとぼんやり考えていた私の耳に、本日三度目のお腹の音が響いた。

そんな夏休みのある日。







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