江戸瞽女の唄~梅雨の胞衣と異形の恋人


 しとしとと降りしきる雨が東京の街を包み込む。雲はどんよりと垂れ込め、梅雨特有の暑いのか寒いのかよく判らない湿った空気が肌にまとわりつき、不快感がいや増してくる。 そんな雨の音に混じり、みわのよく通る歌声が麹町の一角にある屋敷の中から聞こえてきた。家の主に請われて室内で唄うこともままあることだが、田舎の庄屋ならいざ知らず都会では極めて珍しい。しかもみわの歌声が流れてくるのはかなり大きな屋敷だ。華族か上流の士族、または生糸か石炭で財産を成した豪商か――――――そんな人物が住んでいそうな、重厚な建物だ。
 そうこうしている内に鄙びた民謡は終わり、代わりにぱちぱちと拍手の音が鳴り響いた。

「相変わらずいい声だね、おみわちゃん。滅多に聞けるものじゃないから余計に有り難みが増すよ」

 みわの歌を褒めながら手を叩いているのは二十代半ばくらいの青年だ。白皙の、という喩えがしっくり馴染むほど色白で髪の色や目の色も日本人としてはやや薄めである。椅子に座っていてもその背の高さは明白で、まるで西洋人のように彫りが深い顔立ちだ。だが彼はれっきとした日本人であり、庶子ではあるが由緒ある華族の血を引く男である。
 
「お褒めに預かり光栄です、上杉さん」

 みわは見えない目を白皙の美青年――――――上杉に向けながらお辞儀をする。

「・・・・・・しかし、本当に良いんですか?数曲の披露だけで泊めていただけるなんて」

 申し訳なさそうに尋ねるみわに、上杉が『おみわちゃんなら別に歌わなくても泊めてあげるけどね』と冗談めかしながら笑った。

「おみわちゃんや隼人くんには『仕事』で助けてもらっているんだ。むしろこっちが謝礼を支払わなくてはいけないのに、きみの手引は本当に頑固だから一銭も受け取ってくれない。むしろこんな事がなければ借りは返せないから有り難いよ」

 そう言いながら上杉はちらり、と隼人の法を見やる。その視線の先には何とも複雑な表情を浮かべた隼人が、立派すぎる背もたれ椅子に居心地悪そうに座っていた。

「『仕事』で助けたなんて・・・・・・俺達はただ『この世のものでないモノ』の言葉を伝えただけで、何もしていないですよ。そりゃあ普通の人には聞こえないものですけど」

 隼人はかしこまった表情のまま、まっすぐに上杉を見つめた。

「今回は本当に助かりました。流石にこの雨の中、おみわに野宿させるのも気が引けたので・・・・・・最悪何処かで喧嘩でも売って留置所に泊まろうかとも本気で考えたほどです」

「あ、それも無理だろうね。今流の奴がぼやいていたよ。『梅雨時や年末年始は拘置所と僅かな飯目当てにわざと犯罪を犯す者が増えて困る!猫さえそっぽを向く用な、あんな臭い飯のどこが良いのやら!』って。だから今日みたいな日に押しかけても追い出されてしまうだろう」

 警察官の今流と上杉は中学校時代の同級生である。今流は中学校卒業と共に警察官になったが、上杉は更に進学して大学を卒業したもののまともな仕事には就かず、探偵の真似事をしていた。親から引き継いだ資産の利子だけで一生遊んで暮らせるからこそ出来る仕事なのだが、常識にとらわれない視点と無駄に鋭い洞察力ゆえ探偵業も順調にいっているらしい。
 ただ、時折その洞察力を持ってしても解決できない依頼というものもある。一年ほど前、そのような事件に出くわしてしまったのだが、その際に今流に紹介されたみわと隼人の『この世のものではないモノ』を見る能力によって依頼を果たすことが出来たのである。

「ところで麗斗くんは?まだこちらにいらっしゃるんでしょう?」

 隼人の隣に座ったみわが上杉に尋ねる。その瞬間、上杉は蕩けるような笑みを浮かべた。

「勿論。今紅茶を淹れているところだからじきに・・・・・・」

 その瞬間、トントンと扉を叩く音と共に重厚な扉が開かれる。

「お待たせしました。隼人さま、おみわさま、粗茶ですが」

 年の頃は十七、八歳くらいだろうか。すらりとした姿の美青年は紅茶の入ったマイセンのカップ&ソーサーを二人の前にそっと置いた。その耳は異常なまでに尖り、笑みを浮かべたその唇から溢れる白い歯は全て牙のごとく尖っている――――――明らかにこの世のものではない。だが隼人もみわも全く驚きを見せず、むしろ懐かしそうに麗斗に微笑んだ。

「ありがとう、麗斗くん。ところで日本の――――――人間の世界の生活には少しは慣れた?」

 みわは見えない目で麗斗を見つめながら尋ねる。否、人間ではない麗斗の姿はみわの見えない目にはっきりと見えていた。そんなみわの質問に、麗斗は頬を赤らめ視線を上杉へと向けた。

「ええ、お陰様で。その・・・・・・紗綾彦さんも良くしてくれるので」

 その潤んだ視線はまるで恋する乙女のようだ。その醸し出す雰囲気から察せられるように上杉と麗斗の間には恋愛関係があった。ただ、麗斗が元々居た国は厳しい戒律のクリスチャンの国であり、同性愛が認められていない。その迫害から逃れてやってきた極東の国で二人は出会い、恋に落ちたという次第である。

「麗斗が居てくれるおかげで僕の生活にも張りが出たし、仕事も頑張れる――――――以前のように命を粗末にしたりはしないさ」

 近づいてきた麗斗の手を取りながら、上杉は穏やかに微笑む。

「そう願いますよ。以前みたいにふらりと向こうの世界に飛び込もうとするのを止めるのは御免ですから」

 切実に訴える隼人の言葉に上杉は苦笑いを浮かべ、麗斗は心配そうに眉を寄せ、上杉の手を強く握った。



 そぼ降る雨はまだまだ止みそうもない。ただ、この雨は異形の恋も静かに包み隠してくれる。そんな梅雨の胞衣に包まれた四人の談笑は日が暮れても続いていった。





UP DATE 2017.5.30




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