カミハルムイのお神輿事情

 常春の都カミハルムイが殊更華やぐ時期は、当然、エルドナ様の生誕祭である。
 エルフの種族神エルドナ神が誕生された日を祝って、エルトナ大陸のほぼ全ての集落で祭りが催される。更に僧侶に洗礼を授ける慈悲の神でもある為に、世界中の僧侶達がエルドナ神の生誕を祝う華やかな日である。
 一年中カミハルムイを彩る桜の下には、赤と白のめでたい配色の提灯が吊り下げられ、沿道には多くの屋台が出ている。オーグリードが誇る豪快な肉も塩を振って焼いたシンプルに美味しいウェナ諸島の朝どれ鮮魚も、全て串に貫かれて食べ歩きしやすいものに加工してある。豚まんで有名なガタラの名が書かれた屋台には、この世界のすべての料理が包まれているといって過言ではないメニューバリエーションだ。スイーツはプクランドらしいパステルカラーで、バズるレインボーわたあめに長蛇の列ができている。
 その中で空気が揺らめく熱を放つのが、カミハルムイの北に拠点を構える木工ギルドだ。その木工ギルドの傍の橋の上には、物見櫓もかくやとばかりに巨大な山車が置かれている。世界で最も美しいとも言われるカミハルムイの鉄道駅舎を作った宮大工の腕が惜しげもなくつぎ込まれた山車は、繊細な彫刻に煌びやかな彫金が吊るされ、神が座すにふわさしい神社仏閣の荘厳さを表した。世界中からこの日のために召集されたギルド員達を前に、長を務めるカンナが声を張り上げた。
「皆の衆! 今日は木工ギルドの大舞台、ぎょうさん気張っとき!」
 いつもの丁寧で腰の低い長を知る若手なら、目を見張るような腹から逬る雄叫びだ。手に持ったプラチナ木工刀が、まるで鋭い短剣のように研ぎ澄まされている。
「これはこれは、お嬢。気合が入っとりますな」
 そうにこにこと人の良さそうな笑みを貼り付けて歩み寄ってきたのは、屈強なオーガを左右に引き連れた壮年のエルフの男性だ。薄く開いた目から放たれるカミソリのような視線を感じれば、誰もが只者ではないと縮み上がる圧を感じるだろう。カミハルムイの裏を牛耳るとされる燕組の長、ツバクロ本人であると知る者は息を呑む。
 そのツバクロの背後、北門の前に聳える山車も、また見事なものだった。
 楼閣を思わせる秀麗な建物に惜しげもなく花の彫刻が施され、鮮やかな染色と思った極彩色は山車を飾る生花だ。しかし、花で飾っても弱々しさはなく、迸る生命力が大木となって建物を貫き枝葉を生やす。
 並んだ二台の山車は年を重ねる事に大きく、派手に、しかし注がれた技術に一切の妥協なく作られていた。
「燕。未練たらしく腕を磨いてるんなら、さっさを足を洗ってしまいなよ?」
 サラシを巻いて胸を張る長は、屈強な男も怯む相手に啖呵を切る。その威勢の良さに、中堅のギルド員でさえ固唾を飲み、いざとなれば我が身を盾にしようと身構えている。
 泣く子も黙る燕組の長は、くつくつと笑った。
「腕を錆び付かせたら、親父殿に切り落とされてしまいますんでね」
 それでは。軽く一礼したツバクロは、軽やかに身を翻し去っていく。その真紅の装束が、ひらりひらりと大樹の彫刻を登って頂きに到着すれば、白木の扇を広げて宣言した。
「野朗共! 堅気相手とはいえ手加減は無用! きっちり相手の度肝抜いたれや!」
「木工ギルドの意地を見せつけるよ! 地味だとか稼げないとか、二度と言わせられんようしてやりな!」
 おぉ! 双方から雄叫びが上がると、互いに逆方向に動き出し瞬く間に速度が乗っていく。カミハルムイを一周し遭遇した両者は、互いの山車を心柱が剥き出しになるほどに激しくぶつかり合わせるのだ。大きく後退り最高速度でぶつかり合い、勢いよく回転させて相手の山車を破壊する。その際に飛び散った木片は、最後はお守りや破魔矢を炊き上げるのに使われるのだが、一年間の息災の守りとして神棚に飾る為に持ち帰る者もたくさんいる。
 これがカミハルムイの祭りは華やかで過激なものとなり、世界中から観光客がやってきている原因。
 裏社会で名の知れた燕組と、木工ギルドの熾烈な戦いであった。

ツバクロさんとカンナさんは、なんか悪友感あるんですよね。
片やギルドを離れ、片や長をしていると、ライバルや師弟って関係にはならない。でも、互いに遠慮なくぶつかり合える相手として存在している距離感が結構好きです。
ツバクロさんとカンナさんのお母様の関係が気になる。

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