拗れる憧れ

 ケネス。呼ばれて振り返れば、アストルティアの勇者様が立っていた。
 ぱっちりと大きい空色の瞳に、黄金のような派手派手しさのない素朴な亜麻色の髪、毎日侍女達が丹精込めて手入れする白磁の肌。白いブラウスの第一ボタンまで止めた細い首筋。グランゼドーラの国章を刺繍した真紅のサーコートの下は、同年代の少年少女では太刀打ちできない鍛え抜かれた体がある。それでも、サーコートとふんわりとしたブラウス、そしてスカートから見える足元はグランゼドーラの姫君らしい柔らかさを演出していた。前髪を全て上げてヘアバンドで留めている髪型だけは妙な子供っぽさが出ちまってるが、まぁ、結婚前のお姫様だしな。
「どうした?」
 あまりの湿度に実質禁煙の状況の俺は、珍しく声をかけてきた勇者に振り返った。さすがにボロい普段着で入城はできねぇ。世界宿屋協会の警備部長の服装ではあるが、あまり人目のつかない場所で、のんびりとだらけさせてもらってる。
 答えがすぐに返ってくると思ったが、お姫様はあのとかそのとか言葉を口の中で転がしている。煙管を分解して手入れして時間が過ぎ去っていくと、意を決したように口を開けた。
「貴方はラチックの筋肉とかに憧れたりするの?」
 手元が滑って吸口が転がっていった。暗がりの中で恨みがましく光る吸口に手を伸ばしながら、俺は『アンルシア…』と思わず低い声で言ってしまう。
「お前は俺が筋肉が薄くて背が低いって、悪口言ってんのか?」
 成り行きで修行を施すようになったラチックだが、オーガと並んでも遜色ない筋肉と背丈は相当恵まれたものだ。オーガ族は種族特性として筋肉が発達しやすい為に、人間がそれと同等であろうとするのはかなり無理を要する。背丈もオーガでもかなり高い方と並ぶ。
 おそらく元々のブラックチャックでも、恵まれた体格だったのだろう。背丈もあったろうし、ブラックチャックはあんなぽよぽよしてても筋肉の塊だからな。
 男は狩りをし、女子供を守る役割を担っている。逞しい者に惹かれるのは、優秀な遺伝子を残したいと言う生物の本能だ。男が逞しくありたいという願望があるのは事実だが、俺は逞しくなくとも技量で実力を補っている。今以上に見てくれを、どうこうしようという気はない。
 俺が睨みあげてたじろぐ勇者に、吸口を繋げた羅宇を向ける。
「俺は好きでこの体格なんだよ。この仕事は第一印象が大事だから、デカすぎれば威圧感が出ちまう。筋肉が多けりゃそりゃあ一撃の威力は上がるだろうが、俺は速度と攻撃回数で威力を稼く。それに、あんな筋肉で膨らんじまったら、草の採取で狭いところに入れねぇだろ」
 一応仲間と見なしている俺の戦闘スタイルを、アンルシアが分析していない訳がない。
「あの体格と馬鹿力で捕まったら逃げられねぇのは癪に障るが、適材適所って言葉があんだろ」
 言ってて腹立ってきた。
 ブラックチャックに限らず、獣系の魔物はスキンシップを好む。遠慮なく抱きついて、体を擦り付けてくるの、マジでどうにかして欲しい。寝床に入ってくるのも本気で困ってる。
 …どうしてアンルシアが俺に、『憧れ』なんて雑談を振ってくるんだ?
 憧れなんて盟友のちび助に話をすれば、日が暮れるまで楽しくできる。こんな頭上に世界崩壊の原因になりそうな繭がぶら下がってる状態で、雑談する気持ちになんか湧かねぇだろ。
 ちらりと目を遣れば、アンルシアの思い悩んで沈んでいる顔は酷い。両親である国王夫妻やラチックやちび助ではなく、俺に話を振ってくるあたり簡単なお悩みではないのだろう。
 他に原因があるのか?
 そういえば、先日、ロトが入城した。
 ロトとその仲間達はリッカちゃんの宿に客としてやってきたこともある古馴染みだ。始まりの神話に登場する勇者の名に肖る人は数多いが、男性名を女性が名乗っているのを物珍しげに見ていたっけ。
 頭のてっぺんからでているような高い元気な声をあげて、手をぶんぶんと振る、キングスライムを彷彿とさせる姿が浮かぶ。
 ……………。
 あの胸元は人間の大きさとしては別格だが、それ以外もだいぶぽっちゃりだぞ?
 そんなに気にするんなら、腹筋割れてる体脂肪率を上げろ。
 俺はアンルシアの肩にぽんと手を置くと、戸惑う娘に言った。
「今すぐ、ちび助に癒されてこい」

マリーン様が登場するまでは、ハコの開き一番の胸の大きさを誇っていたロト嬢です。
まぁ、顔を合わせたらこうなる。アンルシアちゃんが突撃した話も書いたが、どんなに頑張っても聞けなくて可哀想になってきたのでやめました。
ロト嬢の体格は、基本的に血筋に由来しています。そこから血が薄れていって、平均的から小柄くらいの身長に推移していくことになります。

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