拙宅の1主アレフが勇者ではない話

 蝋燭の炎をランプの硝子が広げ、木材を照らして空間を暖かな色に染め上げる。実際に多くの暖かな料理の湯気に、酔っ払った傭兵達の熱気で暑いくらいだった。賑やかな陽気な音楽に釣られて見た目とは裏腹の美声を披露する者から、隣に居合わせただけで肩を組み踊り出す者、高らかに木製のジョッキを掲げて泡を撒き散らす乾杯の音頭。首都ラダトームの郊外にある安宿兼酒場は、愛も変わらぬ盛況ぶりだ。
 俺はカウンターの端に居場所を定めて、今日の夕飯を腹に収めている。
 腸詰と大きく切った野菜を煮詰めた暖かなポトフに、分厚く切ったパンに溶かしたチーズを乗せた人の住む場所ならではの贅沢な料理だ。勿論、ラダトームからメルキドへ向かう商人達の護衛は大規模になりやすい為に、一人旅に比べればこれと変わらぬ美味い物が食えるだろう。だが、魔物や盗賊への警戒をしないでゆったりと食べれるのは、仕事外だけの楽しみだ。
 そんな俺の前に、ドンと置かれたジョッキには並々と麦酒が注がれている。溢れた真っ白い泡が滝となって流れ、カウンターに広がっていく。
「奢りか?」
 俺が傍へ目を遣ると、去年の復路で一緒だった傭兵が勿論と笑った。
「守銭奴で有名なアレフは、奢りじゃねぇと飲まねぇじゃん」
 奢ってくれた同業者の背後には、好奇心で目を輝かす同行者が連なってる。俺は小さく息を吐いてジョッキを引き寄せると、寄ってきた連中に向き直った。俺の態度を了承と悟ったのだろう。待ちきれない同行者が赤ら顔で話題を切り出した。
「勇者様に会ったか?」
 ゆうしゃさま。俺はその単語に首を捻った。
 確か、竜王という魔物がラダトーム城に忍び込み、国宝の『光の玉』を奪われ、国王の一人娘ローラ姫を誘拐されたとは聞いている。その後、間を置かずに大規模な捜索隊が結成されたが、その結果は無残なものだったそうだ。
 当然の結果だ。俺達大都市の間を行き来するだけの護衛でさえ、道中で魔物に遭遇すれば命の危険に晒される。魔物の棲家となる洞窟や、道が整備されていない辺境へ行けば、どんな危険が待っているか。親が口を酸っぱくして子供達に警告していたのに、国王は国宝と愛娘の為に多くの兵士達を殺したのだ。全くもって兵士には同情する。
 大捜索が大失敗となり多くの兵士が死亡した結果、王が縋ったのは伝説だった。
 かつてアレフガルドに光を灯した勇者ロト。その末裔に竜王討伐を命じたという。
 正気の沙汰ではなかったが、勇者の末裔は王の命令に律儀に従っているらしい事は噂では聞いている。最初はガライ、次はマイラ、どうやってこの短時間で行って帰ってきたのかリムルダールにも到達したと聞いている。俺はゆるりと首を振って否定した。
「俺は会った事はない」
 俺はメルキドとラダトーム間の護衛を専門としている傭兵だ。往復で半年掛かる行程と、ラダトームに到着しても次の仕事を見つけてメルキドへ再出発だ。勇者とやらはラダトームを拠点に活動しているらしいが、遭遇出来るほど俺が首都にいない。
「どうやら、勇者様はメルキドに向かうそうなんだ」
 へぇ。俺は相槌を打った。
「国が勇者様の為に兵士でも動かすのか?」
 メルキドへの道が険しいのは、生息する魔物がアレフガルドでも特に強いだけじゃない。
 ドムドーラ大砂漠。大陸を横断する避けようのない難所が存在するからだ。
 俺の言葉に砂漠超えの為に小隊規模の兵士を同行させてやるのかと思ったを、同業者も察したらしい。しかし、酒臭い息をゆるゆると吐き出しながら首を左右に振った。
「それがどうやら単独らしくてよ」
 はぁ? 思わず声に出た俺の反応に、集まった連中が一歩詰め寄った。
「普通に考えてあの大砂漠単独で越えるのは無理だよな」「だけど何度も超えてるアレフなら、行けそうじゃん」「そうそう、分断した隊列を見つけ出して連れてきたっていうじゃん」
「お前らは俺を何だと思ってるんだ」
 俺は連中の言葉をぴしゃりと遮った。
 ラダトームメルキド間の護衛としては、俺はかなりの古株になる。だからといって、超人的なことができる訳じゃねぇんだ。こんな評価で無茶振りされちゃあ、命がいくつあっても足りやしねぇ。
 黙った連中を見回して、俺はゆっくりと話し出した。
「単独で砂漠を縦断する手段が無い訳じゃない」
 ドムドーラ大砂漠はその巨大さ故に、三つの経路が存在する。
 ドムドーラの街のオアシスを経由し、東側を南下する『竜の涙を得る』ルート。ドムドーラの街が砂漠に呑まれて滅んで魔物の棲家となり、竜の涙ことオアシスは枯れても、井戸が残っている。また、内海側を歩く事で強烈な日中の暑さを凌ぐ事ができる。ドムドーラの街が存在していた時の主要経路だったので、多少大回りになるが整備された名残の恩恵が受けられるはずだ。魔物と渡り合う腕があるなら、そこそこに安全な道と言える。
 その次がメルキドを往復する商人達御用達の『竜の背超え』だ。ドムドーラ大砂漠でも最も縦幅がある行程になるが、真っ直ぐ横断する為に最短距離と最短日数で超えられる。日中の砂漠の暑さ、真冬のガライを彷彿とさせる夜の厳しさ、砂による悪路、魔物の出現率も凄まじい。それでも食糧と水分をしっかりと準備し、護衛の傭兵を雇えば、多くの荷物を持って渡れる利率の高い行路だ。
 最後は大砂漠の西端に存在する『竜の尾を跨ぐ』ルートだ。ドムドーラ大砂漠は西に行くほど南北の幅が狭まっていて、西の外海が見える位置に来れば一日で超えられる。外海の風の恩恵を受けられれば、日が昇っている間でさえ命の危機を感じずに行けるはずだ。しかしこの行程は西側に大きく迂回する為に、他の道よりも圧倒的に時間が掛かる。時間が掛かっても安全に。それならばうってつけのルートになるだろう。
 そこまで説明して、野次馬の一人が真剣な顔で言う。
「そんなに詳しいと、砂漠で遭難したら助けてそうだな」
 勇者様も馬鹿じゃねぇだろ。
 俺はそう思いながら奢りの麦酒を煽った。

ドムドーラ大砂漠の設定がお蔵入りしてたのでひっぱりだしてきた。
フラグが乱立します。野次馬の言葉が予言になりそう。

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