「それ、僕のだよ」
「え……」
ぼくは、那智くんの顔をまじまじと見つめた。ぼくがさっき生徒玄関で拾ったのは紛れもなく恋文で、その宛先は同じクラスの佐藤くんだった。
ぼくの目の前に立っているのは、同じクラスの那智千尋。裏門を背にして立った彼は、小さい声で呟いた。
「そう、お察しの通り、僕は佐藤くんが好きだ」
ぼくは目を見開いた。
「言いふらしてもいいよ、別に」
「いや、そんなことはしないけどさ……。それより、これ返すよ」
ぼくは偶然拾ってしまったそれを那智くんに手渡した。那智くんは驚いたように問い返す。
「倉坂さん、君、変に思わないの?」
「思う。でも、驚いたりはしないかな。那智くんは知らないと思うけど、私は」
ぼくは、一瞬躊躇った。
「私も、実は……女の子が好きだから」
倉坂明、十四歳。
ぼくは女の子が好きだった。
***
ロイヤル・ウィー。別に、そんな意図があって「私も」なんて言った訳じゃなかった。
「君、その、嘘なんて吐いてないよね?」
ぼくたちは、学校から遠く離れた公園のブランコに二人で座っていた。高架下のこの公園は人が来ないので、秘密の話をするにはうってつけだった。
「こんな嘘吐いてどうするのさ」
「まあ、そうか」
ぼくらの間に、会話は少なかった。
ふと見上げると、空は既に薄暗い。もう五月も終わりだと言うのに、この街は空が暗くなるのが早いのだ。ぼくは橋の向こうに見える紫色の空を見ながら、那智くんに問いかける。
「時計持ってる?」
「うん」
腕時計を確認して、那智くんは時間を教えてくれた。
「もうそんな時間か。ぼく、じゃなくて私、もうそろそろ帰らないといけないな」
「一人称気にしなくて良いよ」
「え……」
ぼくは意表を突かれて一瞬言葉を失った。そんな僕の顔を見て、那智くんは焦ったように目をそらした。
「いや、うん。ごめん、出過ぎた真似だったかも」
「いや、あの、そうじゃなくて……ありがとう。気が楽になった……というのも変かな」
ぼくは笑って言ってからブランコから立ち上がった。
「帰ろっか」
「倉坂さん家どこ?」
「うち? 三丁目」
「帰り道だから送るよ」
「そうしたら那智くんの帰りが遅くなるよ」
「いいよ。僕の家は親が遅いから」
それはぼくも一緒だと思ったが、ぼくは大人しく那智くんの好意に甘えることにした。
続くかな? 続かないかな? ちょっとよくわかんないです。