■ 火傷 ■ 榊 真紅
「熱…っ」
小さな悲鳴に続いて、かちゃん、と食器がぶつかる音が響く。
「どうした?」
テーブルの向かいに座っていたダグリスが、顔を上げて問う。憮然とした表情のアリューシャが、なんでもないと返す。
「なんでもない割には、随分な反応だったけど?」
少し意地悪げに言って、アリューシャの手元に視線を注ぐ。そこには、ほこほこと湯気を立てるポタージュスープ。ああ、と納得の吐息をこぼす。
「…舌、火傷した?」
確認するように言うと、渋々といった様子で頷く。
「…思ってたより熱くて……」
ばつが悪そうに呟いて視線を逸らすアリューシャを覗き込むように、ダグリスがテーブルの上に身を乗り出す。
「こら、行儀が悪いぞ」
「そんなことより舌、見せて」
「え?」
驚いたアリューシャが目を瞬く。唖然としている間に、顎に指をかけて上向かされた。
「この間、治癒魔法を覚えたから。まだ小さな怪我しか治せないけど」
そう言われて、ダグリスの行動に納得する。が、しかし。
「…後じゃ駄目なのか? 食堂では、ちょっと…」
周囲の好奇の視線に耐えられず、少し赤面したアリューシャが訴えるも、それはあっさりと受け流された。
「すぐ終わるから。ほら、早く」
こうなったら、頑固な所のあるダグリスは絶対に引かないだろう。観念したアリューシャがその桜色の唇の間からそっと舌を出すと、ダグリスの指先が軽く触れて治癒魔法を発動した。
淡い光が一瞬現れて消える。赤くなって炎症を起こしていた舌の火傷は、何事もなかったかのように消えた。
「すごいな。ありがとうダグリ…」
感心し、素直に礼を言いかけたアリューシャの唇が、ダグリスのそれに塞がれる。触れるだけの、軽いキス。
「っ、ダグリス!!」
真っ赤になって怒鳴りつけるも、当のダグリスは平然と自分の椅子に座り直したところだった。
「いきなり何を…」
「大きな声出すから、みんなが見てるよ」
「ひ、人前でああいうことをするなといつも言っているだろう!」
慌てて声を抑えて抗議するも、ダグリスはけろりとしている。
「だって、君があんまり素直で可愛いから、つい。それに、治してあげた報酬だよ」
にこりと笑って言われて、アリューシャは絶句する。言葉もなく俯いて、スープ皿の中身をぐるぐると掻き回す。
「ほら、早く食べないと昼休みが終わっちゃうよ」
その言葉に、この騒ぎの間に程よく冷めたスープを一口飲んでから、アリューシャが何事か呟く。
「なに?」
「…今日の模擬戦闘……覚悟しておけよ」
魔王もかくやと言わんばかりの迫力で言われて、さしものダグリスの背中に、冷たい汗が流れる。
(からかいすぎた、かな…?)
少々後悔したが、時既に遅く。どことなく黒いオーラを纏いながら食事を再開したアリューシャを、どうやって宥めようかと必死に考え始めるダグリスだった。
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