いずれ来たるときのために 「なぁなぁ、もう帰るのか~」 「ああ」 「まだ時間あるだろ、もう少しやっていかね?」 「無理だ」 「そう言わずにさ~」 「仕事を繰り上げて時間を空けてきたんだ。これでもぎりぎりだ」 「そっか、仕方ない。今日は諦めるか」 ずっと後ろをくっついてきた男はあれだけしつこかったのが嘘のように腹減ったなどとあっけらかんとしている。 だが確かに男の言う通り食事をしてから仕事に向かった方がいいだろう。このままでは集中できなくて効率が悪いばかりだ。 「でもさ、本当におまえこっちに移ってくる気はないか?おまえなら隊長も歓迎するって言ってるぜ」 「なっ、俺のこと話したのか?!」 「話したも何も、いくら書類だけでいいって言っても何かあったらまずいだろ?様子を見るに決まってるじゃん。 どうやらそれで隊長の御眼鏡にかかってさ、俺に聞いてきたってわけ」 「セルドゥフ……」 「大丈夫大丈夫。余計なことはしゃべってねえよ。ただ、文官じゃもったいないからこっちに誘えって言われただけだ」 「俺は本当に……」 「ルドルフ、おまえ剣を振るうの嫌いじゃないだろう?確かに文官もおまえに合っちゃいるってわかっちゃいるけどさ。 俺はおまえの腕ならって思っているんだ」 先程とは違う真剣な表情に、本気で俺のことを認めてくれているだと感じる。普段はこんな緩い奴だが、職務につけば打って変わって優秀で厳しい、 一人の騎士に変わる。そんな奴が俺を誘ってくれるのは嬉しいし光栄に思う。それでも、今はそれに応えることはできない。 俺にはやらなくてはならないことが山ほどあるんだ。 「お姫さんがいるから駄目なのか?」 「お姫さんって、それはちが……」 「わかってるって。本当のお姫さんじゃなくて前に話してくれた、お姫さん付きのお嬢さんのためだろう?」 ミルフィーン。 話もうまくない、言葉も態度もきつい俺に屈託も無く接してくれた少女。いつも明るくて努力家で泣き虫な所もあって、一緒にいられたらと いつの間にか思うようになった。たとえ、彼女が他の男を見ていたとしても。 「でもよ、俺らと同じ騎士団なら今より接する機会があるんじゃないか?」 「外にでる任務が多いだろう。案外城内にはいないじゃないか」 「そういえばそうだな。じゃあ護衛官は?あれなら文官としての知識も生かせるし、剣の腕もいる」 「それも考えたが、姫君につく護衛官はできても侍女につくことは余程にことでない限りない。それに当分空きはない」 「それで文官かぁ。でもそれだって接する機会は少ないんじゃないか?」 「今は少なくとも上の地位までいけば騎士よりはよっぽど傍にいられる」 「なるほどね、しかし意外だよな」 「何がだ」 「そんなにいちずだなんてね。色恋沙汰には興味なさそうだし」 「興味はない。ミルフィーンの傍にいたいだけだ」 「はいはい、なんかもう聞いてるこっちが恥ずかしいや。ま、それでも訓練には付き合えよ?おまえがいなくちゃ張り合いがない」 「もちろんだ。なにが起こるかわからないしな。こっちこそよろしく頼む」 「了解!じゃあ、きりが付いたところで飯いこっ!」 「そうだな、たまにはいいか」 「なんだよ、俺と一緒じゃ嫌だってか」 はしゃぐセルドゥフは俺がほんの少しくすぶってのがわかったんだろう。口に出すことで気持ちが軽くなった。 面と向かって言うのは難しいから心の中で感謝する。 あいつにとられたくないから俺はもっと力をつけなくてはならないんだ。 だが、今は俺は自分をもっと鍛えなくてはならない。いずれ悩み苦しむだろう時を迎えるために。 |
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