拍手ありがとうございました。



カラ15/12/29無配





ぺちゃんこの鍵




「一松、今週の日曜日一緒に出掛けないか? 行きたいところがあるんだ。付き合ってくれると嬉しいんだが・・」
「・・うん。いいよ」
「本当か? ありがとう」
いつもは兄弟が集まって騒がしい居間も、今は俺と一松とカラ松しかいない所為か酷く静かで甘ったるい。いくら何でも俺が全部知ってるからってそんな見せつけるようにイチャイチャしなくてもいいじゃねえの? と不満が胸の奥底に溜まっていく。
頬杖を突いて二人のことを見つめているが、二人は俺のことなんて眼中にないようで、二人で会話を進めていた。どこに行きたいだとか、何が食べたいだとか、吐きそうになるぐらいに甘ったるい声色と雰囲気を放ちながら会話をしている。
ついこの間、想いを伝え合い付き合った一松とカラ松は、兄弟であり男同士であるが恋人同士となった。ただそのことを知っているのは、この長男であるこの俺だけ。カラ松も一松も長男の俺に頼りすぎだぞ。二人が付き合うきっかけを作ったのも俺だ。ただ二人がお互いを意識し過ぎてギクシャクしているから、後押ししてやっただけ。こっちの雰囲気まで悪くなるから後押ししてやっただけなのに、まるで応援してくれているみたいに思っちゃってさ。
はっきり言って全然応援してないから。
応援どころか今でさえ、別れてしまえばいいのにと思っている。二人がいくら愛し合っていたって、そんなの関係ないと言って破局させたいぐらい。兄の力を持っていれば、このぐらい容易いもんだ。
相変わらず二人だけの世界へ入り込んでいるカラ松と一松は、時折お互い笑い合ってから会話を弾ませていく。他の兄弟の前では、あまり話せないもんな、お前ら。一松が素直にならないからこんな風に穏やかに会話をすることが出来ない二人。俺には全てを知られているから、一松は素直にカラ松と会話することが出来る。
良かったね、良かったね。さぞ、楽しいでしょうね。
そう言って、一松の頭をわしゃわしゃと掻き回してしまいたい。そして、その一部始終を心配そうに見てから嬉しそうに微笑むカラ松へ近付いて、怒る一松から逃れるようにカラ松の背中に隠れるんだ。本当は後ろから抱き締めて、首筋に舌を這わせて、一松に向けて挑発的な視線を送って『実は俺も欲しかったんだけど』と言ってやりたいところだけれど。
そんなことしてしまったら、こいつらの『基本屑だけど、時々頼りになるおそ松兄さん』が消えてしまう。二人の恋仲を邪魔する『カラ松に恋愛感情を抱いているおそ松』になってしまうからね。それは、あまりにも可哀想な話だろ? 俺を必要としてくれている弟達から大事な兄を奪ってしまったら。
だから、隠すんだ。必死に、必死に。
胸に積もる醜い嫉妬をひたすらに隠し続ける。そろそろ蓋が欲しいところだ。なにで塞いでしまおうか。『かっこいい兄』でもいいし『屑でしょうもない兄』でもいいだろう。とりあえず兄と言うレッテルさえ剥がさなければ、なんとでもなるものだ。
醜い嫉妬心が沸々と膨れ上がってきていることを胸の奥で感じ、俺は俺のことをアウトオブ眼中にしている二人にいい加減、声をかけることにした。
「なあ、お前らさ、俺がいるの思い出してくんないかな?」
「あ、兄さん」
「・・あ、いたんだ」
俺の言葉に素直に驚いた表情を見せるカラ松と一松は、本当に俺のことが見えていなかったようだ。
「なにそれ、ずっといますけど~。お前のイチャイチャな会話してんのも聞こえてるっつーの」
はあ~、嫌になっちゃう。と本音を溢しながら、二人には冗談を言っているようなニュアンスで伝える。
「へ? そうだったのか?」
「・・別にいいじゃん。おそ松兄さんだし」
俺の言葉で真っ赤に頬を染めたカラ松に対して、一松は問題ないと言った様子で更にカラ松との距離を詰める。ペッタリと背中にくっついた一松は「おそ松兄さんは全部知ってるから、今更知られたって困んないでしょ」とカラ松に言う。
そうそう。一松の言う通りだよ。今更、恥ずかしがっても意味ないって。全て曝け出して、俺を絶望させてくれませんかね~。
「お兄ちゃん寂しいぞ~。相手してくれないと寂しいぞ~」
いつも調子で冗談を伝えれば、カラ松はスッと何かを見透かすように目を細くしてから、一松に「面倒な兄貴だから、後で二人っきりの時に話そう」と笑いかける。
「ん。いいよ」
二人っきりと言う言葉に一松は惹かれたのか、瞳を柔らかくさせて頷いた。本当、お前ってカラ松だけにはその顔を見せるよな。カラ松もカラ松で一松にしか見せない顔があるんだろう。きっと、俺の前では絶対に出さない甘々な顔。
羨ましいと思って「いいな~。いいな~。デートしたいな~」と茶化す俺に、一松は「彼女作れば」と言い放つ。
「そんな簡単に作れたらいいですけどね~」
「おそ松兄さんなら、すぐに作れるだろ? トド松ほどじゃなくてもなんだかんだモテるんだから」
なんだそれ。とカラ松の言葉に疑問符を浮かべると、一松も「高校の時は確かにモテたよね。おそ松兄さん」と言って、トイレに行くのか立ち上がって居間を出た。真面目な一松は、きちんと襖を最後まで閉めてからトイレの方向へと足音が遠ざかった。
襖が閉まっていることを確認したカラ松は、俺の方へ視線を向けて珍しく真剣な顔をした。
「ん? どうした? カラ松?」
「おそ松・・好きな人いるのか?」
「・・は?」
今、俺はなにを言われた?
突然の出来事で頭が上手く働かない。驚いた顔をしてカラ松のことを見ていると、カラ松は「好きな人がいるから、俺達のことを見て、そんな悲しい顔をするんだろ? 上手くいってないのか?」と更に問いかけてくる。
・・いや、カラ松にとっては問いかけかも知れないが、俺からしたら追い打ちだ。なに言ってんだよ! と笑い飛ばしてやりたいのに、想い人に好きな人はいるのかと問われた衝撃は、いつも兄をフッ飛ばしてしまいそうな勢いだ。
俺がなにも言えずにいると、カラ松は心配そうな表情を見せて「なにかあったら言ってくれ。一松とこうして付き合っていられるのは、おそ松のおかげだから、俺にも手伝わせて欲しいんだ。おそ松の幸せを俺は祈るよ」と笑いかけてくる。
嗚呼、こいつってそういうやつ。肝心なとこは鈍いけど、こういう些細な兄弟の変化には気付きやすい。弟だけに発揮される能力だと思ってたのに、俺にも有効だったわけね。
こういう時になんでもないと返しても意味がない。きっと誤魔化せば誤魔化すほど心の底まで覗かれる。覗かれたら困る。覗かれてしまった瞬間、カラ松の顔から笑顔が消える。そして、どうしていいか分からなくなって、一松との関係も悪化して、バッドエンドだ。
そんなこと絶対にさせやしない。俺は幸せじゃなくたって別にいい。兄弟が『兄』として俺を必要としてくれるならそれだけで十分じゃないか。
「あ~、バレた? この間パチ屋で出会ったんだよね~。お節介なほど優しくて、笑った顔が最高に可愛い子」
あながち嘘ではない。パチ屋で出会ったんじゃなくて、この世に産み落とされた時から隣にいる奴のことだけど。
カラ松は、そんな半分嘘のことを直ぐに信じて「そうか! 応援するぞ!」と笑みを浮かべる。
こうなったら俺の勝ち。もうカラ松は、俺の心の奥底を覗こうとしない。
「内緒な」
そう言って自分に胸の奥底にある恋愛感情に鎖を繋ぎ、頑丈な南京錠で鍵をかけた。そして、もう一生開かないように、その鍵をカラ松の言葉でぺちゃんこにしてくれよ。
お前が一松のこと好きな以上、俺の恋は叶わないんだよ。
「じゃあじゃあ、一松とラブラブなカラ松に聞きます~。一松のこと好きですか? 幸せですか?」
さあ、思いっきりぺちゃんこにしてくれ。大きなハンマーで・・いや、ロードローラーの方がいいか。俺の気持ちが一生浮上しないように、ぺちゃんこにしてくれ。
ニッコリと笑ってカラ松の言葉を待っていると、カラ松はとても恥ずかしそうに「うん。好き・・。今、とても幸せだよ」と笑った。
グシャッと見事に潰された鍵。本当に見事だよ、カラ松。ありがとう。
「ラブラブっすね~」と茶化した俺に、カラ松は恥ずかしそうに頬を染めてから更に鍵をぺちゃんこに潰した。
「好きな人と一緒に居れるのは幸せだ。だから、おそ松にも幸せになって欲しい」だなんて。



ついでに一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)
あと1000文字。