いつもありがとうございます。 ささやかながら、御礼として「ドルチェ」をご用意いたしました。 スプーンひとすくい程度のささやかなものですが、どうぞご賞味くださいませ。 『グルーミング』 「リノアー、助けてくれー」 笑い混じりの声が届き、リノアはリビングに寛いでいる筈のスコールを振り返った。 見ればスコールはラグマットに仰向けになり、その上にアンジェロがのしかかっている。そして彼女はスコールの口許を、必死に舐めていた。 「こーら、アンジェロっ。擽ったいだろっ、んっ」 スコールが笑いながら抗議するも、アンジェロは聞く耳持たず。ただひたすらにべろべろべろべろ……。リノアは一瞬ぽかんとしたものの、ミニテーブルに置かれていたものを見付けてくすくすと笑い出した。 「スコール、チョコレートをアンジェロに分けてあげて? ひとつで良いから」 「それかよ! っはは、わかったわかった」 スコールは足を折り畳んで無理矢理起き上がる。アンジェロはたたらを踏むように後退りし、腰を落としてスコールを見る。前足を踏み締める彼女の目は、期待に煌めいていた。 「アンジェロ、待て」 鼻先に掌を押し当てて命じると、アンジェロはじっと固まる。スコールは小さなチョコレートのフィルムを剥ぐと、彼女の真っ黒い鼻先に乗せてやった。 「待てよ、まだまだ…………よしっ」 瞬間。 ぱくっ。 「おー!」 見事な瞬間芸を見せたアンジェロを、スコールは両手で撫で回す。 「凄い凄い、アンジェロ凄いな!」 ぎゅっと抱き締めると、アンジェロはふくふくと鼻を鳴らす。恋人に甘える愛犬の様子に、リノアはやれやれと肩を竦めた。 「スコールとアンジェロはすっかり仲良しね」 「前から仲良しだもんな。なぁアンジェロ?」 高らかに一声鳴くアンジェロ。 リノアはくすくすと笑い……あ、と小さな声を上げた。 「やだ、スコール。毛だらけ!」 指摘されて初めて、スコールは己の惨状に気付いた。 「うわ……流石長毛種……」 シャツもズボンも毛だらけである。スコールが慌ててばたばたとシャツを払うと、アンジェロの毛はあっという間に大きめの毛玉になった。 何だか申し訳なさげな目をするアンジェロ。スコールは「気にするな」と彼女の頬を包み、くしゃくしゃと撫でまくる。 リノアはくすくす笑いながら、アンジェロ用の荷物を掻き混ぜた。目的の物を発掘すると、彼女はラグマットにふわりと腰を降ろした。 「アンジェロ、おいで。グルーミングするよ!」 ブラシを持って膝を叩くと、アンジェロはいそいそとそこに頭を伏せる。 柔らかな長い毛を、丁寧にゆっくりと梳いてやる。ふわふわとブラシに固まる抜け毛を丸めて取り除き、また梳いていく。アンジェロはとても気持ち良さそうに、ふくふくと鼻を鳴らして甘えている。 それをスコールは、彼女らの斜め後ろから観察していた。 「気持ち良いねぇ、アンジェロ」 リノアがくすくす笑う度、彼女の黒髪が肩で、背中で揺らぐ。 「…………」 スコールの手が、その髪に触れた。リノアは首を傾げ、スコールへ目を向ける。 「なぁに? スコール」 「いや…………」 流れるような黒髪は、意外にもコシが強く、指に絡めようにもするりと逃げてしまう。 (きれい) 2度、3度と手に掬う。光の波がさらりと毛先へ流れる様が美しい。 (きもちいい) 無言でリノアの髪を弄るスコール。リノアは小さくくすくすと笑いながら、彼の好きにさせてやる。 「……なぁ」 「んー?」 リノアは少しだけ顔を後ろに傾け、問うように微笑む。 「この間、何かいろんな髪型載ってる本見てただろ? あれ、どこ置いた?」 「そこのマガジンラックに居候させてもらってまーす」 スコールが動く気配がした。 (何をするつもりなんだか) リノアはこっそり笑う。 床の軋みがそこここに移動する。そして、リノアの真後ろに気配は座り込んだ。 「何?」 「ん、ちょっと……」 スコールは徐にリノアの髪をまとめて手に取った。そして、ゆっくりと櫛を通し始める。 「スコールくん、それはリノアちゃんのグルーミングですか?」 ぴく、と櫛が一瞬止まった。だが気を取り直したかのようにまた動き出す。 リノアはくすくす笑う。 「動くなよ」 拗ねた口ぶりのスコール。リノアは「はいはい」と背を真っ直ぐ伸ばした。 意外にも丁寧にゆっくりと、スコールはリノアの髪を梳る。 (気持ち良いなぁ) 思えば、こんなふうに誰かに髪を梳いてもらうのはいつ振りだろう? 幼い頃、リノアはいつも母に髪を梳いてもらっていた。父の方はそういうことはとんと疎かったが、母がリノアの髪を触っている時は殆どいつも傍で微笑んでいた。 (そういえば、わたしはわたしでお人形の髪を梳いていたっけ) 下手なりに髪を捩ったり三つ編みをしたりして、リボンを留めて。変な髪型にしてしまって大泣きしたこともあったけど、そんな時は母が綺麗にしてくれた。最後にあの人形に作ってもらった三つ編みのシニヨンは、今も解かずそのままだ。 スコールの手が、リノアの髪をまとめてみたり、持ち上げてみたりしている。さてどんなふうにしてくれるつもりやら。 「ハァイ、お2人さん」 友人2人を見付けて、キスティスは軽く手を挙げて挨拶した。三つ編みでふたつのシニヨンを飾ったリノアが、笑顔で手を振り返す。 「ハイ、キスティ」 「あら、可愛い髪型ね。どこで?」 問われたリノアは、ぱぁっと顔を赤らめた。きょとんとしたキスティスがスコールを見遣ると、スコールは逃げるようにそっぽを向く。 何となく事情を察したキスティスはくすりと笑みを零し、リノアの肩を軽くタップした。 「遅くならないようにね」 「い、いってきまーす!」 ばたばたと駆けていくリノアと、その手に引きずられていくスコール。 彼らの足元にはいつものようにアンジェロもいて、キスティスはその微笑ましい風景に温かな気持ちを抱いたのだった。 End. |
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