ヒモ日記 3





『これでユーリが改心してくれるなら、僕は協力を惜しまないよ』

そう言って、快く200万ガルドを貸してくれたフレンのお陰で、俺はあの女と別れる事ができた。

俺が大金を用意することなんてできないと思っていたのだろうか。驚いた表情で俺から金を受け取った女は最後に、「どうせ、新しい女から借りたんでしょ!」と捨て台詞を吐いて立ち去った。

これで晴れて俺は自由の身だ。
早く定職に就けと言うフレンの小言を受け流しながら、今日も気儘な用心棒生活へと戻った。


「いらっしゃい! ……なんだ、ユーリか……」
「なんだとはなんだよ……、こっちは客だぞ?」
「あのなぁ……、客というのはな、ツケなんか溜めずに代金を支払ってくれる人の事を言うんだ!」
「金なら払うって」
「じゃあ、払え! これまでの借金全部、今すぐ払えっ!!」

至近距離にまで顔を近づけて憤慨するおじさんは、市民街にあるこの花屋の店主だ。
看板娘の一人娘が俺に好意を持っているからと、最初はよくしてくれていたのに。娘が結婚した後は、俺に対する態度はコロリと変わった。

「もう、お父さんってば。ツケくらい、いいじゃない」
「お前はこの男に甘すぎるんだ!!」

店舗の奥から姿を見せた一人娘が、父親を宥めながら俺に話し掛けてくる。

「いらっしゃい、ユーリ」
「あぁ、久しぶりだな。元気そうじゃねーか」
「えぇ、お陰様でね。……それで、今日は何が必要なのかしら?」
「適当に花束を見繕ってくれ」
「プレゼントね? 分かったわ」

笑顔で注文を受け、店内の花を物色している娘を後目に、腕組みをした店主が俺を睨み付ける。

「……この花の代金は払ってもらうからな!」
「分かってるって」

ポケットを探り、所持しているお金を探す。
昨日は夜の仕事で一稼ぎしたから、花束の代金くらいあるはずだ。

「…………………」
「…………………」

手の平に乗せたコインは500ガルド。これが今の俺の全財産。

「500ガルドで花束が買えると思っているのか!?」
「………まけて?」
「ダメだ! ダメだ! ツケも今回の料金も払わないと、二度とお前に花を売ってやらんからな!!」

頭に血が上っている店主には、これ以上は何を言っても無駄だろう。
このまま花を買わずに待ち合わせ場所へ向かっても構わないが。女性との待ち合わせに手ぶらで行くなんて、男の沽券に関わる由々しい問題だ。

「お待たせ! ……って、どうしたの?」
「よし!! もう花束は完成しちまったから、返品は受け付けねぇぞ!! 代金を支払えないと言うのなら、騎士団に突き出してやる!!」

むんずと腕を掴まれ、逃げる事も封じられてしまい。これはちょっとヤバいかな?と、打開策を考えていると、俺を捕まえた店主が、背後に向かって手を振り人を呼ぶ。

「あぁ、いい所に!! 騎士様こっちです!! 泥棒を捕まえて下さい!!」

盗んだわけではないのに泥棒扱いをされてしまい、とうとうお縄を頂戴しそうな雰囲気に。ガシャガシャと近づく鎧の足音に振り返った。

「………フレン?」
「……っ!? ユーリ!?」

走り寄って来た騎士はフレンで、捕らえられた泥棒が俺だと確認すると、どんぐり眼を目一杯見開いて驚いた。
でも、驚いた表情を見せたのはほんの一瞬で、見る見ると怒りを露わに血相を変える。

「泥棒だなんて、君は一体何をやっているんだっ!? お金が無いからというのは理由にはならないからな! 働かずに盗みを働くなんて!! 君には失望したよ…っ!!」
「……上手いこと言ったな」
「うるさいっ!! とにかく事情聴取だ。……店主、彼は連行させてもらいます」
「よろしくお願いします」
「ちょ…、ちょっと待てって……!!」

ろくに事情を聞きもしないフレンは、店主の言うことを真に受ける。俺を泥棒だと決め付けて、痛いくらい握りしめた手首を引っ張られると、その勢いでよろけて、とっさに柱へ手を付く。

「ユーリ、抵抗しても無駄だからな!!」
「そうじゃなくって……!! あぁ、もうっ!! お前も人の話を聞けっ!!」

正義感が強くてクソ真面目。思い込んだら盲目的なフレンをこのまま放っておくと、俺の牢屋行きは間違いない。
でも、それだってフレンの思い違いであって。そんな濡れ衣なんかで投獄されてはたまったもんじゃない。

ここは店主のおやじよりも、フレンを説得する方が手堅いだろう。
手首を掴んでいたフレンの手を力ずくで外すと、硬い鎧を着ているフレンの体を力いっぱい抱きしめた。

「な…っ!? なに…?? ユーリ…!?」
「頼むから、話を聞いてくれよ……、フレン……」
「……っ、ふぁっ!?」

耳元で囁いた声に反応したフレンの体が、ビクッと震えた。
強く抱きしめて性感帯の耳に囁くだけで、快楽に弱いフレンの体からは力が抜ける。
本人は気づいていないので、これは俺だけが使える切り札だ。

そうとは知らずにギュッと目を瞑ったフレンは、頬を熱で火照らせた。

「確かに俺はこの店に借金をしているし、豪華な花束を500ガルドにまけろとも言った。……でも、フレン! どんなに貧しくたって、俺は盗みなんて働いたりはしない! 俺を信じてくれ!!」
「……ユーリ……」

フレンが俺を呼ぶ声にはもう、怒気は含まれていなかった。
優しく俺の背を撫でながら、仕舞いには「わかった、僕はユーリを信じるよ。疑ってすまなかった」なんて言う始末。

……あぁ、よかった。フレンが単純……、いや、優しいやつで。

両肩に置いた腕を伸ばしてフレンから距離を取ると、その純粋で澄みきった蒼穹の瞳を覗き込む。

「今晩の仕事で、どうしても花束が必要なんだ。……でも今の俺は、花束を買うこともできない甲斐性なしな男だ……」
「……ユーリ……、君がそんなに頑張っていたなんて、知らなかった……」

湖面が揺れるように瞳を潤ませたフレンは、肩に置いていた俺の手を取ると、両手でぎゅっと握りしめる。

「この花束の代金は僕が出そう! だから君は仕事を頑張ってくれ!!」
「い、いいのか…っ!? ……フレン、やっぱりお前はいいやつだ!!」

少し照れながらニコッと笑ったフレンの笑顔は可愛いかった。
あぁ……、こんなにも俺を想って尽くしてくれるフレンの為にも、俺も今晩の仕事を頑張ろう。

「店主、花束の代金はおいくらでしょうか?」
「い、いや……、いくらなんでも騎士様から貰うわけにはいかねぇよ。これはユーリの買い物だしな」
「でも、ユーリはこちらに借金もしているんですよね?」
「まぁ……、今日の花束代を含めて、9万8500ガルドほど……」
「そんなにもですかっ!?」

呆れて大声を出したフレンは、その金額に驚きすぎてその場に固まる。
俺だって自分の借金の金額を把握していたわけじゃなかったので、思っていた以上の金額に少し驚いた。
けれど、俺以上に驚愕したフレンはしばらく唖然としていたが、少しして大きなため息を吐くと、携帯していた財布の中身を確認しだした。

「……全額、お支払いします」
「えっ!? で、でもっ……、騎士様にそこまでして頂くわけには……」
「店主もお店の経営がおありでしょう? ユーリは僕の友人です。彼をきちんといさめることができなかった、僕の責任でもありますから」
「そ、そうですか……? いやぁ……、私もね、本当ならいくらでも待っててやりたいんですが。いかんせん、生活も苦しいもので……」
「さっきは今すぐ返せって言ってたじゃねーか」
「ユーリ!! 迷惑を掛けたんだから、ちゃんとお詫びとお礼を言わないといけないよ!」
「はーい。ごめんなさい、ありがとうございました」

借金の肩代わりをしてくれたフレンの隣で、丁寧にお辞儀をしておいた。
フレンから俺の借金分も含めた代金を受け取った店主は、にこにこと笑顔で「またのご利用をお待ちしております」と嬉しそうに言う。
とりあえず、これでこの店への返済に悩まされることも無くなったわけで、フレン様様だな。

機嫌がよくなった店主に挨拶をして店を出ると、仕事の待ち合わせ場所まで方向が一緒だったフレンと並んで歩いた。

「それにしても、あんな大金よく持ってたな」
「今日はこの後、次の遠征に必要な物を買い出しに行く予定だったからね」
「大丈夫なのか?」
「何とかなるよ、大丈夫」

ここでも笑顔を向けてくれるフレンに、俺は心が痛んだ。

左手に持った花束にチラリと目線を向け、隣を歩くフレンの横顔に目を向ける。

こいつは何も言わない。
働けとは毎日のように言ってくるが、金を返せと迫ってくるわけでもないし、見捨てられたことだってない。

「あぁぁぁあっ……!!」
「ど……、どうしたのいきなり!? ユーリっ!!??」
「あぁあ!! もう、本当にお前ってやつは、なんて最高なんだ!!」
「へっ!?」
「ずっと俺の友達でいてくれよな!!」
「う、うん……、もちろんだよ。……ユーリ?」

きょとんと首を傾げ、不思議そうに俺を見るフレンの手を取り、手の平に500ガルドコインを乗せる。

「これ、足しにはなんねーかもしれねーけど、今の俺の全財産だ! 使ってくれ!!」
「うん……、ありがとう……」
「じゃーな!! 待ち合わせの時間に間に合わねーから行くな!」
「うん、……いってらっしゃい」

コインを握りしめて唖然としているフレンに手を振り、その場から走り去る。
あんなにいいやつが親友なんだ。フレンの為にも、俺だって頑張らないといけない。

珍しく前向きな気分になった俺の、待ち合わせ場所へ向かう足取りも軽やかだった。




******




「あっ! おっそーい!! ユーリ!」
「わりぃ、わりぃ……、待たせたな」

仕事相手の彼女と待ち合わせをしていた場所は、市民街の中心地。
大きな広場の噴水の前で、可愛らしいワンピースを着ている彼女が俺に手を振った。

「はい、これ」
「えっ!? 綺麗な花束……、私に!?」
「まぁな、……ちょっと買うのに手間取っちまって……」
「ユーリからのプレゼントだなんて、すごく嬉しいっ!! ありがとう!!」

満面の笑みで喜んだ彼女は、俺の胸の中に飛び込んできた。
抱きつく彼女の背中をぽんぽんと叩いてやりながら、喜んでもらえてよかったなと素直に思う。

「……それじゃ、これからどうしよっか?」
「ユーリは行きたい所、ある?」
「俺は特に……、今日はお前の彼氏なんだからさ、何でも付き合うよ」
「えへへっ……、どうしよっかな~~」

ぐりぐりと俺の胸元に額を擦り付け、えへえへと何やら笑っているようだ。

今日の仕事はこの女性の彼氏をすること。期限は明日の夜までだ。
一日彼氏の仕事を何度か受けていたら、どうやら口コミで広がっているらしく。最近はこういった類の仕事内容が多い。
相手の女性の望みを叶えるだけでお金が貰えるのだから、何と楽な仕事だろう。
人の役に立つ仕事だと、フレンも褒めてくれたしな。

今日の報酬でフレンに美味しい物でも買っていってやろうと、食べ物の事を考えていると、空腹を訴えた腹の音が鳴った。

「あははっ……、先にご飯でも食べに行く?」
「いいね~……あ、でも俺、一ガルドも持ってねーや」
「そんなのいいよ、ご飯くらい私が奢ってあげる!」
「マジで? それは嬉しいな」
「行こっ! ユーリ」

スキップをしながら俺の隣に回った彼女に、腕を組まれて引っ張られる。
「慌てるなよ」と苦笑したが、自慢の大きな胸を押し付けて俺に密着する彼女の機嫌はすこぶる良かった。





END






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