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以下、MDRの短編です。残虐描写を匂わせる表現がありますので、苦手な方は読まないで下さい。












*****【MDR 帝都編 おまけ話】*****



 気が向いたら、いらっしゃい。
 帝都(セントラル)の大通りを外れた第三裏街。
 十五番通りの三軒目。目立たないように掛けられた小さな看板が目印です。
 最上の食事と最上のもてなしを。高級料理店「ペルソンヌ・ルパ」へ。



 鈴の音が響く。それは固く閉ざされた重い扉が開かれた証。
 薄暗い店内。並んだテーブルと椅子から、そこがどうやら飲食店であることが窺える。客の姿はない。
 壁を飾る絵画や、床を這う絨毯。並べられたテーブルと椅子。
 そのどれも、品の良い高級品ばかりで、その店がけして一般向けではないことを知らしめていた。
「いらっしゃいませ」
 鈴の音を聞きつけて、カウンターの奥から姿を現したのは女性だった。
 歳は――はっきりとは分からない。十代に見えなくもないし、三十を越えているようにも見えた。
 染めているのか、それとも地毛か。パステルカラーのピンク色の髪。長く伸ばしたそれを団子にして頭上でまとめている。
 瞳の色も自然ではありえないピンク色をしていた。
 ダークレッドのシャツに白いエプロン。いかにも、飲食店の従業員といった様だ。
「これは、これは。お久しぶりです、博士(ドクター)」
 客の姿を認めて、女は歓声を上げた。
 店内に入って来たのは美しい女だった。
 肩まで伸びた艶やかな黒髪に、鳶色の瞳。頬は白く滑らかな陶磁器のようで。ふっくらとした赤い唇が笑みを形作る。
 誰もが思わず振り返らずにはいられない、美貌の女だった。
 店員が博士と呼んだその女は、染み一つない白衣を身に纏っていた。
「相変わらず、元気そうだな、料理人(シェフ)」
 親しい友人に話しかけるように、博士は穏やかな表情で声を掛ける。
 料理人と呼ばれた女はふわりと微笑むと、博士をカウンターの席へと案内した。
 カウンターの内側に回りこんだ料理人は、グラスに氷と水を入れ差し出す。
「お薦めは?」
 グラスと一緒に出されたメニューに目も通さずに、博士は問いかける。
 料理人は、メニューを戻しながら、
「良いものが入ったんですけど……」
「良いもの?」
「美食家(エピキュア)の博士のお口になら、きっと合うと思いますよ」
 暫く考えるような間があった。博士は口元を吊り上げた。
「では、それを」
「少々お待ちを」
 カウンターの奥に料理人は引っ込む。

 どこからか、ゆったりとした上品な音楽が流れてきた。
 博士は水の入ったグラスに目を落とす。
 伏せられた眼差し。誰もいない店内だからこそ、余計にその存在が際立つ。
 何を考えているのか。伏せた瞳は何も語らない。
 何を思っているのか。閉ざされた口は何も紡がない。
 何を願っているのか。それを知るすべを誰も持たない。
 博士は、グラスに手を伸ばし、その表面を撫でた。
 刺すような冷たさと、指先に滴る透明な雫。
 持ち上げた指。伝う雫を舌で拭えば、湿った香りが口の中に広がった。
「お待たせしました」
 タイミングを計ったように、奥から姿を現した料理人。その手には黒い盆。黒い盆の上には白い皿。
 それを上品な手付きで博士の前に置く。
「完熟トマトと、ペルソンヌのカルパッチョでございます」
 白い皿の上。満ちるのは赤いスープ。一口大に切られた肉。彩りをそえる野菜。
 博士は何も言わず、ナイフとフォークを手にする。
 優雅な手付きで肉をフォークに刺し、口に運ぶ。料理人はその様をじっと眺めている。
 一口をしっかりと咀嚼し、嚥下する。

「塩が……」
 効きすぎている、と博士は呟いた。
「トマトの風味を残すつもりなら、もう少し控えたほうがいいだろう」
「そう。塩ですか」
 どこから取り出したメモ帳に、料理人は書き込んでいく。
 博士はナイフを滑らせる。
 味わうように、噛み締めては喉の奥へと料理を仕舞っていく。
 ただ食事を摂るという動作さえも、魅了すべきものに変えてしまうのはなぜだろう。
 瞬く間に、皿の上は綺麗に片付けられる。
 様子を窺っていた料理人は、新たな皿を持ってきた。
「ペルソンヌ肉のトゥルヌ、アンリ四世風でございます」
 新たな白い皿の上には、ベーコンで巻かれた円形の肉の切り身。半透明な茶色のソースが掛けられている。
 切り身にナイフを添えて、一口大に切る。ソースを上手く絡めて、そのまま口の中に。
 全ての動作が計算されているのではないかと、料理人は思った。
 固唾を呑んで博士が肉を飲み込むのを待つ。
 ふるり、と唇が揺れた。
「これは良い」
 たった一言。だが、まごう事なき賛辞。
 料理人はホッと、安堵の息を吐いた。
「今回はソースに色々と工夫をしてみました。良い肉も入ったので出来れば最上のものを召し上がっていただきたくって」
「あぁ、今まで食べた肉の中でこれが一番美味しい」
「ありがとうございます」
 惜しみない感嘆の声に、料理人は頬を染めて喜ぶ。
 自らを美食家と称する博士の舌を唸らせるのは並大抵のことではない。
 素材の質、味付け、その全てに気が抜けない。
 褒め言葉を頂戴できる回数はそれほど多くなく、だからこそ、心からの賛辞が嬉しい。
 嬉しそうに笑う料理人に、博士もまた笑みを返す。
 それから、幾つかの料理を博士の前に差し出したが、時に厳しい批評を交えながら、博士は残さず料理を平らげた。

 薄暗い店内。
 他に客もなく、儲かっているのかさえ分からない。
 そもそも、客を迎えるつもりがあるのだろうか。
 従業員はたった一人。料理人(シェフ)だけ。
 本来なら給仕をする立場ではない料理人がしているのも、他に従業員がいないからだろう。
 今日、たまたまそうだったのか。それとも、いつもこうなのか。
 博士はそれには興味を持っていないようだった。
 料理人も聞かれていないことを、わざわざ答えるつもりはないようだった。
 食べるものと、食べさせるもの。批評するものと、批評されるもの。
 互いに笑みを交わしながら、どこかいびつなものが感じられた。
 最後の一切れを口の中に放って、博士が満足げに頷くのを確認した後、料理人は皿を下げる。
 博士は、ナフキンで口元を拭う。
 カウンターの奥で冷蔵庫のドアを開ける音がした。
「本日のデザートです。トラヴァワインのシュレでございます」
 そう言って、料理人は博士の目の前にカクテルグラスを置いた。
 カクテルのグラスの中には淡いオレンジ色のゼリーが満ちていた。添えられたミントの葉が目に綺麗に映る。
 だが、博士は僅かに眉を上げた。
 問いかけるように料理人に視線を向けるが、料理人は微笑むだけ。
 不快がその眼差しの奥に滲んだのを、料理人は気付けただろうか。
 淡い透けたゼリー。
 その中に浮かぶのは――。
「随分と無粋だな」
「素材の新しい使い方を考えるのも料理人の仕事ですから」
 拒絶を含む声音を、料理人は涼しい顔で返す。
 博士はそっとカクテルグラスを傾けた。

 震えるゼリー。
 その中で、同じように震える――眼球。

 ゼリーと同じ、淡いオレンジ色の虹彩が博士を見つめていた。
 博士はカクテルグラスの表面を、白い指先で弾く。
「眼球の素晴らしさについて、以前語らなかったか? 眼球とは生き物がもつ部位の中で最もデリケートなものだ。鮮度もそうだが、質も些細な要因で変容してしまう。その眼球をゼリーにして冷やしてしまうとは、素材の味を損なう行為だとは思わないのか」
 弱冠、声に苛立ちが混じっているのは気のせいではない。
 眼球喰らい――そう称される博士は、なにより眼球を愛する。
 質の良い眼球を直に取り出し、新鮮なまま喰らうことに最上の喜びを感じる。
 だからこそ、このデザートは博士にとって侮辱的なものとしか思えなかったのだろう。
 もっとも、そんなことは百も承知だった。
「眼球の特性については、もちろん、存じていますよ」
 怒らせて困る相手であることを知っているから、料理人は宥めるように言う。
「しかし、私にも探究心というものがあります。より優れた料理を世に生み出すことこそが私の使命なのですから」
「だからといって、折角の素材の味を殺しては意味がないのではないか?」
「分かっています。素材の味を殺さないように様々な工夫を懲らして、作り上げたのがこのデザートなのです」
 重なり合う博士と料理人の視線。
 博士の無言の責めと、料理人の意地。
 博士の言いたいことは良く分かっている。だからこそ、料理人は試してみたかった。
 この博士の舌に合う眼球料理を作ることを。
「素材の味を殺しているか、いないかは、実際に食べてみてください」
「…………」
「美食家たるもの、食わず嫌いをなさるのは貴女らしくないのでは?」
 穏やかに、それでいて挑発的に。
 逆鱗に触れることは覚悟の上だ。殺されることが怖くって料理人などはやっていられない。
 博士は、暫し、考え込むように目を閉じた。
 時間にしてはそれほど長くはなかったが、料理人にはとても長い時間に感じられた。
 博士は瞼を開いた。
 映すのは料理人ではなく、カクテルグラスのゼリーの中に浮かぶ眼球。
「料理人(シェフ)のいうことも一理あるな」
「……ありがとうございます」
 深々と頭を下げる。料理人の熱意が博士に伝わったらしい。
 博士は、スプーンを手にする。
 スプーンの先がゼリーの表面に円を描くように滑る。
 淡いオレンジ色の表面に亀裂が入る。
 博士は崩さないように慎重にスプーンを沈み込ませる。
 料理人は、じっとそれを窺う。
 店内に緊張に孕む。手汗を握り、料理人は博士の一挙一動を窺う。
 スプーンに掬われたゼリーに塗れた眼球。
 赤い唇が開かれる。その中に、吸い込まれるように眼球は消えていく。
 口蓋と舌に挟まれた眼球。味わうようにそれが口内で潰されていく。
 未知の味が博士の舌の上で踊った。
「……ふむ」
 博士が口を開いたのは随分と時間が経ってからだった。
 料理人は肩を強張らせながら、博士の次の言葉を待つ。
「悪くはない、が」
 鳶色の視線が料理人を捉える。
「まだまだ改良の余地がある」
「……精進させていただきます」
 博士の舌を満足させるほどではなかったものの、納得できる範囲の出来映えだったらしい。
「それで」
 博士の目がきらりと光った。
「もう一つは残してあるだろうな?」
「もちろんです」
 料理人は慌てて奥へと引っ込む。
 戻ってきたその手には、またカクテルグラス。ただし、今度はゼリーは入っていない。
 オレンジ色の虹彩を宿す眼球がそのまま、カクテルグラスに入れられていた。
 蕩けるような笑みが零れた。博士は嬉しそうにグラスから眼球を取り出す。
 その滑らかな表面に舌を這わせ、生の味を確かめる。
 口の中に消える、球体。口内で散々弄び、舌で潰す。
 べたつく液体が満ち、博士は頬を紅潮させ、それをしっかりと味わった。
「眼球は生に限る」
 素直な感想が音となって漏れた。
 ナフキンで口を拭い、博士は席を立つ。
 ポケットに手を入れ、料理の対価を取り出そうとして、
「お代は結構です。博士にはいつも世話になっていますから」
「そうか」
 にこやかに断られ、博士はあっさりとポケットから手を出した。
「次も期待している」
「ありがとうございます。今後ともにご贔屓に」
 背を向ける博士。深々と頭を下げる料理人。
 去ろうとした博士は不意に、足を止めた。
「そういえば、この店の料理を食べてみたいという人がいてね。紹介しても構わないか?」
「もちろんです」
「学院(アカデミー)の准教授で、私の専攻とは違うのだが……きっと君の料理を美味しくいただいてくれるだろう」
 含みを持たせた言い方に、料理人は口元を歪めた。
「それは、それは……」
「なにせ、いかに帝都といえど人肉(カニバリズム)料理が食べられるのはここだけだからな」

 ありとあらゆるものが取り揃えられる帝都であっても、人食い限定の店はここにしかない。
 美食家(エピキュア)と、人食い(カニバリズム)の舌を満たしてくれる数少ない料理店。
 それが――ペルソンヌ・ルパ

「美味しく食べていただけるというならば、それ以上の喜びはありません」
「あぁ、また来させていただく」
「はい」
 博士は扉に手を掛ける。鳴る鈴の音。
「またのご来店をお待ちしております」
 追いかける料理人の声が鼓膜に木霊する。

 帝都(セントラル)の大通りを外れた第三裏街。
 十五番通りの三軒目。小さな看板を見つけてください。
 最上の食事と最上のもてなしを。高級料理店「ペルソンヌ・ルパ」。
 帝都で唯一、人肉を提供する料理屋です。




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