家についたのはもう夜中に近い時間だった。
もうすぐ冬がくるのだろう。この時間はすでに寒い領域にはいっている。
マンションの鍵も冷えきっていて、摘んだ指先に寒さを際立たせる。
中に入ったら取りあえず温かいものを作ろう。何にするかと冷蔵庫の中を思い出しながら鍵を差し込み回すが異変に気がつく。
鍵が開いているのだ。いつもする解錠の重さと音がしない。
訝しく思いながらノブを回して玄関をのぞく。
そこは真っ暗だ。合い鍵を持っている母が来た訳ではなさそう。もしかしたら空き巣? 一気に心拍数が上がって背中がざわつく。
しかし、最近の空き巣は鍵を閉めると聞いた。いや、出て行った後だとか?
しばらくどうするかを迷い中に入ってみる。近くの街灯からの明かりで玄関に置いてある靴が見える。そこにある見慣れない物に一瞬恐怖が飛ぶ。
私のものが二足。スニーカーとパンプス。
しかし今夜はなぜか、知らないヒールとスニーカーが追加されている。
そもそもこんな高いピンヒールは履かない以前にもっていない。その上もう一足は明らかに男物のスニーカーだ。
ゆっくりドアを閉め一つ息を吐き出してから靴を脱ぐ。借りてる部屋は入ってすぐにキッチン。お風呂とトイレの入り口が並び、申し訳程度の廊下の先が十畳一間。一人で生活するには不自由はない。
慎重に足音を忍ばせそこへ向かう。照明はついていないが、部屋の中は時折明るくなったり暗くなったり色も変わったりする。どうやら音を消したテレビがついているようだ。
息を殺して壁から半分だけ顔を出して中を伺う。まるでこっちが泥棒のようだ。
部屋はシンプルなものだ。テレビがあり、食卓代わりのローテーブルにベッド。時折明るさを増す暗い部屋はその乏しい照明だけでも十分見通せた。
そして絶句する。
あろうことか、人様のベッドに腰を掛け、男女がいちゃついてるではないか。
腰掛けた男の膝に女が跨って座っており、時折湿った音が立つ。そのたびにこちらに背を向けた状態の女が小さく声をあげ、くすくすと笑う。
自分の部屋で繰り広げられる男女の愛の囁きに、見ている、しかも完全に覗きをしているこちらがなんだか後ろめたさを感じる。
部屋の暗さと女に隠れて男の顔は見えなかったのだか、なぜかその人物が誰なのか、はっきりとわかった。
「雨音…」
思わずあげた声に女の肩が跳ねる。そして勢いよくこちらを振り返り、同じ勢いで正面を向く。
「お姉さんは戻らないって言ったじゃない!」
怒声というよりは悲鳴に近い声はきっと隣にまで聞こえたに違いない。
「違う。姉はいないと言ったんだ。俺一人っ子だし」
「ちょっと待ってよ?! お姉さんじゃないならこのひとは誰! まさか彼女の部屋に連れ込んだんじゃないわよね!?」
冷静な応対は逆効果だ。心の中でそんな忠告を呟き、とりあえず電気をつける。
「痴話喧嘩なら外に出てやってくれる?」
「あ。お帰り。陽向」
私の部屋に無断で女を連れ込んだ男は、膝に乗せた女の怒りなどどこ吹く風で私に帰宅の挨拶をくれる。
完全に無視された形の女は怒りに震え、無言のまま立ち上がるとそのままバッグとコートを引ったくり玄関へ向かった。
間もなくその怒りを一身に受けたドアが派手な音を立てた。
その間中、無言で嵐がさるのを二人で待ち、立ち去った瞬間に溜めた息が落ちる。
ようやく行ったかというものと、何から怒るべきかを憂えるものだ。
「説明をもらえると嬉しいんだけど」
「何からがいい?」
にっこりと悪びれずに笑う顔に思わず手近にあったサボテンの鉢に手を伸ばした。