「ねえねえ!」
「なに、いま講義中。」
大学に入ってすぐに仲良くなってからずっと仲が良い友達-ゆっこ-が、講義中に小さい声でいきなりあたしに話しかけてきた。
いつものことだし、どうせくだらない話だろうとおもい、いつも通り聞いているフリ。
「立海大の仁王君って知ってる?」
質問の内容といきなりすぎるのとで、一瞬テンパったじゃないか。
立海大の仁王といえば、仁王雅治しか思いつかない。
なんでゆっこがその名前を知ってるのか、その質問をするかは全く見当も付かないけど。
「におうって、におうまさはる?」
「そうそう!テニス部で有名の!ほらあんたってさ、中学立海だったじゃん?で、知ってる?」
「あぁ・・・うん、まあ」
「やっぱり!あたしファンだったんだ!」
「へえー。」
やっぱりあの仁王雅治かと思うとあたしは苦笑しながら、仁王雅治の名前を出すゆっこから目を逸らすしかできなかった。
しかもファンって何。
あれはもうかすかにしか思い出せない、良いか悪いかさえもよく思い出せないような思い出である。
本当なのか嘘なのかさえ、もう区別が付かないものだ。7年も前となるとそんなもんだと思う。そこにあたしが存在したのかも、もうわからなくなってくるのだ。
『なあ、好いとうから俺と付き合わん?』
この言葉から始まった二人の関係、あたしの初恋の相手、初めての恋人・・・とにかく初めてだらけの人。
確かにあの頃は全力でまーくん、いや、仁王君が大好きだった。
これからもずっと一緒だったら良いなって子供ながらに思ったし、一緒に居ることが本当に幸せだった。
『ごめん、テニスに集中したいから別れてくれんか、本気でおまえさんのこと好いとった、本当じゃ!でも今はテニスしか見えん・・・ほんまごめん』
ある日屋上に呼び出されて言われた言葉がこれだ。
頭が真っ白になって何もいえないまま仁王君は去っていった。
そのまま放課後になったが、学校では全く頭が付いていかず泣く事もせずに帰宅したのは覚えている。
夕食後、お風呂に入った後。
かかってこない電話、こないメールにやっと別れたことを実感して、泣いたことも覚えている。
あのあとテニス部は全国準優勝し、あたしたちが復縁することも無く受験や卒業シーズンを迎えた。
テニス部を引退した後にもしかしたら戻れるんじゃないかという淡い期待は無駄だったし、逆にテニスに集中したいということを口実として本当はあたしに飽きただけなんじゃないのかと思っていた。
諦めの悪いあたしは、諦めることができるように立海ではなく別の公立校を受験し、受かった。
そこに段々馴染んで行き、時が経つにつれ、だんだんと過去を過去として記憶の片隅に追いやっていき今に至る。
現に、仁王雅治なんて名前・・・何年ぶりに思い出したのかもわからない。
あの頃は傷ついたしないたし、消えてしまいたいとも思ったが、今ではほんの過去の一部にしか過ぎない。
あのときの苦しみなんてすっかり忘れて笑って生きている。人間なんてそういうものだ。
「で、仁王君がどうしたの?」
「ほら!あそこの座ってる人、鍋谷さん。わかる?ほら、赤い服着てる子!」
ゆっこが小さく指差したほうには確かに赤い服を着た女の子が座っていた。顔はギリギリ見えた。
「ああ、うん。わかった。」
「いま仁王君は、あのこと付き合ってるんだってー!ちょっとショックだけどまあ仕方ないよねー!」
「へえー。」
「仁王君って中学の時付き合ってる子いたのかなあ?」
「さあ、しらなーい。」
ゆっこの質問にあたしが適当に答えると「もう!あんたは本当他人には興味ないんだから!」と怒られた。
不思議と胸は痛くなかった。
やっぱりもうあたしにとって仁王君は過去なのである。
仁王君に彼女が居ようが、その彼女が美人であろうが、今のあたしには全く無関係なことだ。
過去を過去と割り切った私たちの“現在”には、既にお互いの存在は無いに等しいのである。
赤い服を着た仁王君の今の彼女は、あたしと似ても似つかない綺麗な女の子だった。
-成長-
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