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 砂漠を歩いていたジルヤンタータは、訝しげな眼差しをそのわきへと寄せた。その視線の先で、マムルークたちが喉を鳴らして笑っている。

「ありゃあ逆じゃねえのか」

「逆だな」

 言い合っている男たちに、ジルヤンタータは首を傾げて尋ねた。

「何が逆なんです」

 彼らの目線は遙か向こう、バスクス帝とオフデ侯爵、それにフェイリットが歩いている辺りを指している。マムルークたちの中に居て、シャルベーシャが鼻を鳴らして笑い声をとぎらせた。

「端から見たら面白え構図だな。娘っ子が猛獣連れて歩いてるようなもんだぜ。なあ、バルバドル」

 そう言って、シャルベーシャは口の端を引き上げる。バルバドル、と呼ばれた男は顔を半分包帯に巻かれて、片側の目だけをおどけるようにくるりと回した。

「ああ。あの皇帝、何を考えてる。さりげなさすぎて分からんかったぞ」

 バルバドルが答えて、ジルヤンタータは尚更に目を鋭く細める。

「だから何なんですか。分かるようにいってくださらないと」

「仕方ねえな」

 駱駝に膝をつかせて鞍を乗せながら、もう一人のマムルークがこちらを向いた。彼は確か、キバネとかいう男だ。タァインの襲撃を受けて、顔に怪我を負ったバルバドルとは対照的に、両足を脱臼したのだったか。軽くすんで普通に歩いているが、癖になったら危ないからまだ歩くなというシャルベーシャの命令を、頑として受け入れなかったという根の太い男だ。

「皇帝サンは今、どこを歩いてる?」

「どこってフェイリットのすぐ後ろを……? ああ」

 言われて、ジルヤンタータははじめて気づく。

 フェイリットに覆い被さるように、バスクス帝の影が彼女を包んでいた。砂漠の強すぎる熱射は、確かに慣れぬ彼女には辛いものだろう。随分平然として歩いていると思ったら、まさかそんなことが……。

「ありゃあ親切なのかね」

「あの方がなさるとどうにも裏があるようにしか見えん。遊んでいるとか」

 遊んでいる――それが一番しっくりとくる解釈だったが、ジルヤンタータは訝しげに眉根を寄せる。ではなぜ、親獅子が子を守るような……じっと観ているとまるで「愛しい」と言わんばかりの保護欲が垣間見えるのか。

 確かに余りにもさり気ないその行動に、フェイリットが気づくことはないだろうと思えた。

「ご寵愛をいただいているとは考えないのですか」

「無えんじゃねえの」

 さして興味もなさげに、抜けた声でシャルベーシャが応える。

「ありゃ年上好みで有名だった。しかしあっちぃーな。ジルヤンタータ、そのでっかい体もうちょっと俺に寄せねえ?」

「私を盾になさらないでください」

 棘のある低い声で言ったあと、ジルヤンタータはフェイリットの下へと歩く。その可笑しくも無い冗談に笑い声をたてて面白がる彼らの声が、背中に届いて名を呼んだ。けれどそれには振り返らずに、ジルヤンタータは溜め息をつく。

 視線を移したその先でフェイリットは一人、オフデ侯爵と話をしに離れたバスクス帝を見送って、夕焼けに染まりはじめた真っ赤な空を見上げていた。
-終-



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