「エルディってさあ、娘が可愛くて仕方ないって顔してるの、気づいてるの?」

今日も今日とて、勝手に家に上がりこんで、
愛娘の作った夕飯にありついている不躾な男…レーチス・ノルッセルに、
エルディは思い切り嫌な顔をしてみせた。
玄関先で立ち尽くす父など気にも留めず、
娘のほうはからから笑っている。

「やだなあレーチスさん。パパが私に甘いことなんて今に始まった話じゃないでしょ」
「本当にねえ。お前さあ、ちょっとくらい自重しないと、
そろそろセーナの嫁の貰い手がなくなっちゃうぜ。
見た目はちんちくりんでも中身はもう十九だぜ、十九。
立派な大人だろ。なあ?セーナ」
「ふざけたことを言うな!」

ずかずかと出迎えのレーチスの正面まで詰め寄ると、
彼の胸倉を思い切りつかんだ。
双子の妹には「レーチス・ノルッセルには容赦無用」という有難いお言葉を貰っているため、
忠告どおり彼に遠慮はしないと決めている。
それ以前に、遠慮もへったくれもない男相手に容赦する理由は、
エルディの中には欠片たりとも存在しなかった。

「これ以上セーナを侮辱すると許さないぞ!」
「うわあ、美青年が怒ると怖いな、セーナ」
「そこがまたクールビューティで格好いいって言う女の子はいっぱいいるけどね。
多分娘がいなかったら引く手あまただよ、パパ」
「セーナ!この男の口車に乗るな!」

娘のメルセナはこの男を気に入っている。
それどころか、エルディにとって目に入れても痛くない、
むしろ目の中にでもどこでも入れて隠しておきたいほど溺愛している娘に、
このような軽口を教えた諸悪の根源はこのレーチス・ノルッセル。

妹の知り合いとして紹介されたときの、
あの温和な妹には珍しい苦々しげな表情に面食らったことを思い出す。
きっと、今自分はあのときの彼女と全く瓜二つの顔をしているのだろうと思うと、
確かに悪い気はしないが、
エルディの表情を見たレーチスがにやりと悪戯っぽく笑って、
「いやだなあパパ。妹さんと同じ顔で俺をなじらないでくれよ」
と猫なで声を出したので、彼はすぐさまこの男を殴りつけたい衝動に駆られた。

「今すぐ、ここから、出て行け!」
懇切丁寧に彼がエルディの台詞を聞き漏らさぬようにと、
気を遣ってやったが、当のレーチスは何処吹く風だった。
「おいおい、この俺に、セーナの愛情たっぷりの夕飯を残せと?
ひどい父親もいたもんだ」
「そうだよパパ。おなか空いてるから機嫌悪いんだよ。
ほらほら座って、今パパの分も用意するからね」

甲斐甲斐しく父親をダイニングに押し込んだメルセナは、
確信犯かは知らないが、レーチスとエルディを二人きりにして、
颯爽と台所へと駆けていった。

メルセナがいなくなった途端に減らず口を閉じたレーチスは、
ぼんやりと彼女のいるだろう台所の入り口を眺めている。
エルディは低い声で吐き捨てた。
「…何の用だよ」
「いやなに、本当は君のお母上に用があったんだけど。
その帰り道にたまたまセーナに会って、寄っていけと言うもんだから、
俺もそのご厚意に甘えたってわけさ」
「母さんに…?」

エルディは怪訝な表情でレーチスを見た。
銀の髪、瑠璃色の瞳、穏やかな微笑み、食えない性格。
多少の差異はあれど、同族嫌悪とでも言えばいいだろうか、
この男が、エルディの母を苦手としているのは知っていた。
そのくせ、どういう風の吹き回しなのかはエルディにも判断がつかないが、
レーチスがわざわざ世界を練り歩いて、
エルディの「本当の」生き別れの妹を探してくれているということも。

エルディがもの問いたげな視線を送ったことに気がついたのか、
レーチスはひらひらと手を振った。
「ああ、いや、悪いがその件は目下捜索中だ。
ただ世間話をしていたくらいだよ」
「……別に、僕は妹なんて…僕にはエルミがいるし」

どうもこの男の前ではエルディは大人になれない。
彼が身内の人間だからなのか、それともレーチスの人間性に、
なにがしかの力があるのかは分からないけれど。
拗ねるような口調でつぶやいたエルディに向けて、
ふと、親が子に向けるような笑みを浮かべた。

「……」
「それはそれは、エルミリカが聞いたらさぞ喜ぶだろうな」
「………言うなよ」
「さあ、どうしようか」

レーチス・ノルッセルは笑った。
彼がかの"異分子"である片鱗など、ひとつも見せずに。

「この家の夕飯にご同伴できるっていうなら、考えてあげてもいいよ」

どこが痛むのかは考えない
俺は何度でも嫉妬する、この優しい父親と娘に、何度でも

(群青三メートル手前:淆々五題)



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