自分の息子の息子に当てた手紙をしたためながら、
レーチスはふとラファの部屋を見回した。

きっと細かな私物は寮に持ち込んでいるのだろう、
物が少ない、整然とした部屋はがらんとしていた。
彼は、一体いつからこの部屋に帰っていないのだろう。
死者となった彼の両親は、いつから息子の帰りを待っていたのだろう。

いつだったか、赤ん坊のラファを抱えた穏やかな女性が、
にこにこしながら息子の自慢をしていた姿を思い出す。
いるはずのない、ノルッセルの末裔。
ブラウンの髪に、瑠璃色の瞳、だなんて。

「……君みたいだな、ウラニア」

今ならはっきりと名前を呼べる。
保護の呪文をかけて、大切に大切に、破れないように、
守り続けてきた紙に描かれた少女。
何を思って脇に憎き女王の姿まで描いたのかは覚えていないが、
その斜め後ろに立つ少女の微笑みは上手く描けたのだと、思う。
エルミリカが演じる彼女の笑顔そっくりだから。

ウラニア・ノルッセルはもうこの世のどこにもいない。
どんなに探しても、
どんなに焦がれても、
もう、レーチスが抱き締めたあの少女は存在しない。
こうして紙に書き留めても、この姿が本当に彼女を正しく描けているかは分からない。

「さよならだ」

エルミリカとも、もう会えた。
彼女がウラニアの死を認めているのに、自分がそうしないわけにはいかない。
レーチスだってもう、あの頃のままではなくなってしまった。
背も伸びて、多くを経験して、
そして、きっと彼女は嘆くだろう、この世の歴史から姿を消した。

会いたい。
会いたい。
会いたい。
会いたい、ウラニア。

心に彼女の名前を刻む。
忘れてしまいたくない。
永遠に彼女に囚われていたい。
けれど、きっとウラニアはそれを望まないから。

丁寧に、渾身の思いを込めて描いた絵画をたたむと、
ラファに宛てた手紙に同封する。
きっちりと封をした。

偶像の彼女から、決別するんだ。

背後で物音がした。
振り返ると、呆然とこちらを見て立ち尽くす少年がいた。
…やっぱり、あの絵に描いたウラニアは本物とは似ても似つかないのだろう。
だって、目の前にいるラファからは彼女の面影を残しているような懐かしさを覚えるのに、
あの絵の少女の顔とは全く似ていないから。

だから安心して笑うことができる。
彼女の姿を思い出すことはできないけれど、
偽者の彼女は、心から追い出すことができるのだと。

「……やあ」


君なんか捨ててしまうよ
俺が欲しいのは偶像じゃない、正真正銘、ほんとうの、君ひとり

(群青三メートル手前:淆々五題)



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