拍手ありがとうございますその1。京関

ある晴れた春の日のことだ。稀譚舎へ提出だった原稿は予定されてた〆切より早く終わり小泉氏に渡したのがつい数時間前。推敲を始めたら〆切に間に合わなくなる気がしたので誤字脱字程度の確認で済ました。實録犯罪から依頼もない。
やる原稿も無いのに自室に籠るのはなんとなく嫌だ。
生憎妻は不在だ。たしか千鶴子さんと映画へ行くと言っていた。細君たちは相変わらず仲が良い。


「君は此処を暇潰しをする場所だとでも思ってるのかね。全く勘違いも甚だしいよ」
相変わらず仏頂面をした芥川の幽霊は手にしている和綴じの本から目を離さずに言った。
「いいじゃないか。どうせ店の方も骨休め中なのだろう。君の読書を邪魔する訳でもないのだし」
もしかしたら私が来訪した時点で邪魔だったのかもしれない。そんな考えが脳裏を過る。
「まぁいいさ。細君が不在で寂しくなった関口センセイを追い返すのもなかなか可哀想だ」
確かにその通りなのだが、京極堂に言われると何故か腹ただしくなる。笑われながら言われているのにもだ。
しかし彼に反論しても勝てないのは目に見えているので私は手頃な場所にあった本を手に取りそれを読むことにした。
京極堂がくっくっと笑うのがわかったが聞こえない振りをした。
今この座敷でする音はお互いが本の頁を捲る音と、時折聞こえる京極堂が干菓子を食べる音ぐらいだ。
ふと京極堂はおもむろに立ち上がり、座敷から出ていった。廁か、或いは誰か来たのかもしれないが確認する気はしなかった。
いつの間に来ていたのか柘榴が座敷で丸まって寝ていた。
ふぁぁと欠伸が漏れた。そういえば原稿を仕上げるために昨夜は徹夜をしたのだった。
瞼が重い。段々瞼が下がっていく。
この座敷に来ると何故か眠くなる。時間がゆっくりと流れるせいなのか、それとも別の何かかは知らないが、睡魔はゆっくりと、しかし確実に私の意識をさらっていく。
ぽかぽかとした春の陽気に誘われて私は意識を手離した。


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