※勝頼と昌幸と、ちょびっと昌次



「昌幸!」

暦の上では処暑だというのに、今だ暑さの抜けきらない夕闇の頃合いであった。
転がるようにアパートの扉を開けて飛び込んできた勝頼の手には銀色の鍵。八畳の畳部屋の奥で窓の外を眺め、缶ビールを開けていた昌幸は、勝頼のはちきれんばかりの笑みにこれ以上ないほど嫌な顔をした。




ギイギイと嫌な音を立ててペダルが回る。くすんだ赤い自転車の荷台に横に腰かけて、歯を食いしばって立ち漕ぎする勝頼に「面倒くさい」「暑い」「帰る」と連呼しながら、コンビニ袋から缶ビールを取り出しては器用にプルタブを開けた。
空気の抜ける音がして、泡立ったビールが零れる。
前方から昌幸を羨む批難の声が上がったが、昌幸は素知らぬ顔で500mlの缶を空にしていく。
花火を見に行こうと帰宅早々勝頼は会社の同期でかつ近所に住まう友人の自転車を借りてきた。「一人で行ったらいいですよ」と一蹴した昌幸に駄賃として缶ビールを与え、勝頼が行き返り自転車を漕ぐという約束で河川敷へ向かった。
スーツからシャツとジーンズに履き替えた勝頼は背中をじっとりと濡らし、時折奇妙な叫び声をあげて昌幸を運んでいく。
昌幸はそんな勝頼の姿に笑いながら、もう一本と袋を漁った。

十五分も走り続けて漸く到着したものの、辺りに人気はなく勝頼は首をかしげる。
昌幸には思い当たる節があったので黙って勝頼の行動を眺めていた。勿論、荷台に座ったまま。
花火を見ながら二人で飲もう、と画策していた勝頼が自腹をきったビールの最後が昌幸により飲み干されたとき、勝頼は漸く感づいた。ジーンズの後ろから携帯を取り出すと自転車を借りた友人の番号をリダイヤルする。
「え、勝頼、マジで信じた?」
「コノヤロー!!」
げらげらと通話口から友人が笑い転げている声が昌幸にも聞こえる。
やっぱり、昌幸はアルコールの混じったため息を小さく一つ。その友人は昌幸とも幼馴染で、勝頼を混ぜて三人で幼少よりよく遊んでいた。年は一つずつ違っていたがそのなかで、二番目にお兄さんだと言い張っていた勝頼は一つ上の昌次と一つ下の昌幸の格好のおもちゃにされていた。それは大学を離れ、社会人になった今も変わっていない。
怒り任せに電話をブチ切りした勝頼は、叱られた大型犬よろしくしょんぼりとしながら昌幸を振り返る。謝罪が向けられる前に昌幸は、昌次の悪戯だって気づいていましたよ、と口を縛ったゴミ袋を買い物かごに投げ捨てた。
「アンタはいつまでたっても変わらないんだから」
目を細めて、笑う。勝頼はがっくりと肩を落として、ついでに自分の飲むはずだったビールがないことにも気づいてさらに肩を落とした。

どちらともなくゆっくりと帰路につく。
昌幸は荷台を下りて、勝頼は自転車を引いていた。並んで、もと来た道をいつも歩くより遅いスペースで歩く。
「あ、」
ふと、勝頼が声を上げる。立ち止まり空を見仰ぐ勝頼にならって、昌幸も顔をあげる。
満天の星空。
「あれ、オリオン座じゃないか!?」
「・・・オリオンは冬の星座ですけど」
意気揚々と空を指さす勝頼の頓珍漢な内容に、昌幸は目を線にして呆れ返る。そういえばそんな映画があったが、何を見て彼はオリオン座と言ったのか。
「北斗七星じゃないですか?」
「え?どれ?」
「あれです」
「どれ?どこ?」
「あそこ」
「どこ!」
「あれだっつってんだろ!」
徐々に苛立たしげに聞いてくる勝頼に、最後に切れたのは昌幸で。それでも見つからないと嘆く昌幸は懇切丁寧にその場所を示してやる。一等明るい星、それに連なるひしゃく型の星座。
「あー!あれだな!ほんとにひしゃくの形してる!」
すごいすごいと興奮する一つ上の幼馴染に、昌幸はひっそりと笑う。
幼いころ、学校の自由研究で天体観測したことを思い出す。三人で、河川敷の草の上に寝転がって、一つの懐中電灯を真ん中に顔を近づけてスケッチをした記憶は鮮明だった。
「昌幸?」
思い出に浸っていた昌幸の顔を覗き込む勝頼に驚いて昌幸は肩を跳ね上げる。
ほのかに、頬が熱い、様な気がした。
「な、な、アイス買ってこーぜ!」
急に足早になる勝頼の向かう先には煌々と明かりのついた24時間営業のコンビニ。
昌幸はその背中に声をかける。
「太ってもしりませんよ!」
聞こえていたのか、いないのか。
振り返って勝頼は昌幸に大手を振る。早く来いとの意思表示。
いつまでたって変わらない、勝頼の癖。
振り返って手を振って、そして、昌幸が駆け寄る。
ずっと、変わらない。




モ/ン/ゴ/ル/800「ha/na/bi」より。





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