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「ほおずき笛」





「あー、まただめだ」

桂のいかにも残念そうな声が谷に響く。

「おいおい、幾つ目だよ、もう五つくらいは駄目にしてんじゃね?」

もぎゅもぎゅと鬼灯を頬ばりながら、大して興味なさ気に銀時が訊いた。

「五つではない、七つだ!」

桂が大声で数を訂正した。なぜか誇らしげだ。

そこはしょぼくれるところだろうが、と晋助は思わざるを得ない。

銀時も同じ思いらしく、

「なんで偉そうなんだよ、なんでそこで胸張れんだよ、おめぇはよ!莫迦だろ」

すっかり呆れている。

「莫迦じゃない!桂だ!」

「その返しがすでに莫迦じゃねぇか」

「ふん!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ銀時と桂の声がよく響いて、耳障りなはずの蝉時雨もかき消すほどだ。

普段なら、そんな二人を醒めた目で見ている晋助なのだが、今は違う。そんな余裕はない。

晋助はーそして桂もー、今、川で鬼灯の笛を作ろうとしている真っ最中なのだ。



熟した鬼灯は、夏の子供たちのかっこうのおもちゃになるのだという。

鬼灯の朱い実に目鼻を描き、千代紙の着物を着せて姉さん人形をこしらえるのは小さな女の子。もう少しばかり大きくなると、実から種を取り除いて笛にする。これは男の子もよくやる遊びなのだとか。
聞けば、とても簡単そうだが、やってみるとそれが難しい。

実を包んでいる袋状の皮を剥がすのだって気を遣う。うっかり実を傷つけることのないよう、丁寧にやらなくてはならない。引きちぎったりするのは絶対にいけない。

皮(これは皮ではなく”萼”なのだと、桂が何度もしかつめらしく訂正してくるが、晋助も銀時も頑なに”皮”と言い続けている)がむけると、中から現れた朱い実を指で丹念に揉んでいく。力が弱すぎたら解れないし、強すぎたら破けてしまう。力加減にコツがいる。

ここまでは、晋助も、そして桂も上手なものだ。何度やっても失敗しない。問題はここからでー。

笛にするには、十分柔らかくした丸い実の部分と外の皮とのつなぎ目を剥がし、剥がしたところに出来た穴から中身をすっかり出さなくてはならないのだが、これが至難の業。晋助も桂もいつもここで穴を破いてしまう。
実が少しでも裂けてしまっては音が漏れるので笛にはならない。外の皮をそっと引っぱれば、皮について中身もきれいに出てくるはずなのだがー。

「また、だめだぁ」

桂が残念がるが、晋助は黙ったまま。黙ってはいるが、晋助が握っている鬼灯もまた実が破けてしまっている。

桂は七つだと言っていたが、晋助などもう十は軽く失敗している。

はぁ。

晋助は密かにため息をついた。

おおよそ学問であれ武道であれ、晋助に不得手なものなど何もない。どんなものでも教わればすぐ会得してきたし、なんでもそこそこ器用にこなす。なのに、鬼灯の笛を作る、こんなことが出来ないなんて!
自分でも意外すぎて呆然とするばかりだ。しかも、一緒に始めたはずの晋助たちよりずっと小さい子らはすぐこしらえて次々に去って行き、川に残っているのは自分たち三人だけだなんて。あちらこちらでぎゅっぎゅっと賑やかに鳴らされている、綺麗とは言い難いその音もなぜかことさら得意げに聞こえるし、そんな自分に嫌気がさすしで晋助は先ほどから一人苛々をつのらせている。

せめてーと晋助はちらりと桂を見遣った。

せめて桂が自分と同じくらい悔しがってくれているなら、自分もこれほど苛つかないと思うのに、桂は実にあっけらかんと自分の失敗を声高に叫ぶのだ。

「む、もう少しのところだったのに!なに、今度こそ!」

ほら、またでかい声!

失敗ばかりでなんでそんな楽しそうなんだよ。なんで恥ずかしくないんだよ。

なんなんだ、こいつは!

莫迦なのか、ひょっとしたら余程の大物なのか……多分、"大物の莫迦"なんだろうな。

晋助はそう結論づけた。

そして、もう一人。

今度は銀時の様子を伺い見る。

いつもやる気なさ気丸出しの銀時にいたっては、最初から笛作りなどに興味はないらしく、大して美味くもない実を食べることに専念している有様。今も手頃な大きさの石に腰掛けてもぐもぐと口を動かしている。足元には乱暴に引きちぎられた皮が散乱している。

羨ましいー晋助はほんの少し、そう思ってしまった。忌々しいこの皮を、あんな風に思い切り引き剥がせたらどれだけすっきりするだろう。

無論、そんなみっともないことが出来るわけもないのだが……。

そう、結局のところ、こんなに必死になって小さな実に悪戦苦闘しているのは自分一人なのだ。晋助は、それが何より腹立たしい。

誰だよ、鬼灯笛を作ろうなんて言ったのは!


高杉の知る限り、鬼灯は市で買い求めたものを愛でたり、盆花として仏壇に供えるものだ。
今朝、あちこちで喉に蛙でも住まわせていそうな音をさせている小さな子らをあちこちで見かけ不思議がっていたところ、桂に「鬼灯笛だ」と教えられるまで、
その実に手を加えて遊びの道具にするという発想などからっきしなかった。

「鬼灯笛?」

首を傾げる晋助に、桂はざっと作り方を教えてから、「おれも毎年のように試しているが、まだちゃんと作れたためしがない」と告白したのだった。

晋助はまた首を傾げた。だってそうだろう。自分たちよりずっと幼い子らが、現にその笛とやらで遊んでいるのを見ているのだから。

だから、「そんなの簡単だろう?」そう言った。晋助は確かに桂にそう言ったのだ。

「では、一緒にやってみるか?あれでやってみるとなかなか難しいのだぞ」

いささか気分を害したらしい桂の誘いを、晋助は一度は断った。そんなことが出来て何の自慢になる?出来て当然のことだ。出来ない桂がどうかしているだけだ。
なのに、今、どこまでも人ごとのように涼しい顔で鬼灯を食べ散らかしている銀時が、「あれぇ?なんでも出来ちゃう晋ちゃんが、ひょっとして口だけ?」と横からいかにも嫌みっぽく口を挟んできたのでー。

ああ、そうだった。思い出した。

「まさか。そんなもの出来るに決まってる」

宣言してしまったのは紛れもない自分自身だったではないか。

くそっ。銀時の奴。

こんなもの、出来ても自慢にはならないくせに、逆に出来ないとなると半端なく情けなくなるなんて……くだらない罠にあっさり嵌まってしまったような心持ちだ。

こみ上げてくる忌ま忌ましさに、晋助の苛々が最高潮に達しかけた時、

「……出来た……」

隣から溜め息のような小さな声がした。

見れば、桂が両の手で大事そうに包み込んでいる朱い実をうっとりと見つめている。

「十三個目だ。十二も駄目にしたが……」

桂ははにかむように晋助を見て、

「最後の一個でやっと出来た。……初めてだ」

と呟いた。

胃に、何か冷たい固まりがズシンと落ちてきた気がして、晋助は急に力が抜けてしまった。今は、俯かないでいるのがやっとだ。顔を輝かせている桂に「良かったな」と一言、言えればいいのに。


「そりゃぁな……」

後ろから飛んできた銀時の声に、桂も晋助も振り返った。

「そんだけぽんぽん使っちまったら、出来るだろうよ。あー、もったいねぇ」

そう言われて桂が足元を見た。うち捨てられた笛のなり損ないが幾つも幾つも散らばっている。どう見ても、三十は下らない。むろん、桂一人の分だけでなく、晋助の分も混じっているせいなのだ。だから、
それらをじっと見つめられ、晋助の胃の中の固まりは更に大きくなっていき、桂はなんて思っただろう?桂はなんて言うだろう?そればかりを考えていた。

けれどー

桂は、もう少し採ってこよう、とだけ言い置いてさっさと駆け出して行く。

「多目にもってこいよ!おれも、もうちょっとだけ食いてぇし!」

叫ぶ銀時に、

「鬼灯は食い過ぎると腹を下すぞ!」

声だけを飛ばして、桂は振り向きもせずに土手を駆け上がって行ってしまった。

それでも、と晋助は思う。それでも桂は銀時に言われるがまま、多目に鬼灯を抱えて戻ってくるんだろうな、と。
桂はなんのかの言っても、人に甘い。今し方、自分になにも言わず走って行ってしまったように。でも、それが時にどれほど相手に惨めな思いをさせてしまうかなんて、ちっとも気づいちゃいない。

「へっ、大きなお世話だってーの」

消えゆく桂の背中を見送りながら、小さく吐かれた銀時の悪態には全く頷く思いだ。

「でも、悪い奴じゃないんだ」

晋助は銀時に、というより改めて自分に言い聞かせるように言ってみた。

まぁなぁ、莫迦だけどな、と銀時は頭を掻き掻き頷いてからおもむろに立ち上がり、

「そーいやあいつ、足速かったよな」

そんなことを言い出した。

突然何を言い出すのかと訝しむ晋助には素知らぬ顔のまま、銀時はまっすぐ晋助の方に近づいて来る。
晋助は、銀時の顔を見たくなかった。銀時に、今の自分の顔を見られるのが怖かったので。知らず、身構えてしまう晋助の前で、銀時が懐から出した手を広げると、大振りな鬼灯の実が一つころりと顔を出した。

え?

何事かと目を見張る晋助の前で、銀時はその実を親指と人差し指で回転させるように何度も素早く丁寧にひねり始めた。しばらくそうした後、銀時がそっと外の皮を引っ張ると、実からはすっかり剥がれ、
外皮にくっついているだけの中身がつなぎ目からぽっちりと顔を出した。銀時は躊躇なく、それを一気に引き摺り出す。晋助が驚きの声を上げる間もなく、それはあっけなく、ほんの一瞬で終わった。

銀時はその空っぽになった鬼灯の実を川でよく洗ってから、

「ほれ」

なんとも気軽に晋助に放り投げて寄越した。

慌てて受け止めた実は傷一つなく、もちろんどこも破けてなどいなくて、それはそれはとても美しいものに晋助の目に映った。でも、これは晋助が作った笛じゃない。
いらないー、そう銀時にはっきり言ってやりたいのに、どうしても声が出ない。
晋助がじっと笛を見つめている間にも銀時はさっさと元いた場所に戻ってしまい、再びどっしりと座りこんでしまった。

やがてー

一抱えもの鬼灯を採って戻ってきた桂は、晋助の手にある笛に気づくとわがことのように喜んだ。しかも作り上げた時間の早さや出来映えだけでなく、選んだ実の色形までもを手放しで褒めちぎる有様。
きらきらと輝く目には一片の疑いもなく、心からこの笛を晋助が作ったものだと信じていることを告げている。
そんな桂に、どうして「これは銀時が作った笛だ」なんて言えようか?
もっと、疑ってくれれば良いのに。本当におまえが作ったのか?と疑いの目で見てくれればどれだけ良いか。そうすれば晋助は、あっさりと「違う」と言えるのに。
「違う、銀時が作ったんだ」と言えるだろうに……。

銀時もまた素知らぬ顔を通し、とうとう自分の笛を作ろうとはしなかった。

ただ、いつまでも大事そうに笛を眺めている二人に呆れたように、

「おめぇら、それで終わりか?吹いてみねぇのか?」

そう言っただけだった。

「そうだな。吹いてみるか、なぁ?」

「あ、ああ……」

だろう?笛は吹いてはじめて笛になるんだろうがー、と銀時に言われるまま、鬼灯笛を生まれて初めて口に含んでみた晋助と桂だったが……鬼灯の笛は、作るより鳴らすことの方が更に難しいらしいと思い知っただけに終わった。


正直なところ、もう鬼灯で笛を作って遊ぶには少々育ちすぎていたこともあって、その後、三人で笛を作るようなことは二度となかった。だから、晋助の笛は銀時が作ったたった一つの笛となった。




晋助は、ついに桂に本当のことを言えなかった。

それは自分の弱さのせいだと重々承知してはいたが、真実を白状する機会を桂と銀時に寄って集って奪われたような気もしていた。

だから、その夏以来、黙って鬼灯を取りに行ってくれた桂を、黙って笛を作ってくれた銀時を、晋助は前より好きになれはしたが、
自分でも気付かない心の奥深くで、それと同じくらい憎むようにもなっていたのだった。







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