拍手をどうもありがとう♪ 「許可証か書状を拝見します」 城門である。タリウスは持参した書状を門番へ差し出した。例の一件以来、城内に立ち入る際は、あらかじめ上官に一筆書いてもらうことになったからだ。 門番の男は、またしても知らない顔だった。いくらか幼さの残った顔立ちとは対照的に、背中に鉄板でも入っているのではないかと思うくらい堂々としたたたずまいである。 だが、そんな男が書状を見るなり破顔した。タリウスはすかさず男の手元に目をやった。 「失礼しました。お通りください」 男はこちらの視線に気付くと、慌てて敬礼を寄越した。 「よう、教官」 城門を潜り抜けたところで、レックス=トラヴァースが利き手を上げた。 「また配置換えが?」 「ああ、前のは酷かったからな。その点、今度のは当たりだ」 レックスは上機嫌で後ろを振り返った。 「あのとおり寡黙で人付き合いも悪いが、なんせ真面目だ。若いのに機転が利くのも良い」 「ひょっとしてミルズ先生の?」 「流石は教官。何でも知ってるんだな」 「いえ、当てずっぽうに言っただけです」 先程、門番の男は、書状の末尾のサインを愛おしむように眺めていた。 「噂どおり、いやそれ以上に鼻が利くな」 どうせろくでもない噂に決まっていると、タリウスは苦笑した。 「地方から紐付きで来ることは珍しくないが、それにしたってピンポイントでうちだ。もちろん俺は釣ってない。だから何かあると思ったら、身元保証人が先生だった」 「身元保証人ということは、親類筋でしょうか」 「ああ、ミゼットいわく、親戚みたいなもんだと。仕官するまでは、先生が出稽古に行っていたらしい」 「それはまた、随分ななさりようですね。ところで、何かお聞きになりたいのでは?」 曲がりなりにも城門警備隊長であるレックスが、昼間から無駄話に花を咲かせるとは思えない。 「ああ、悪いがちょっと付き合ってくれ」 レックスはタリウスと連れだって歩き、分かれ道で脇道に逸れた。 「あそこの左側の奴、あいつどんな奴だ?」 「ああ、あいつは…」 跳ね橋の見張り台に、年若い将校が二人起立している。どちらも教え子だが、左側のほうはごく最近まで怒鳴り付けていた記憶がある。 「やや規範意識が薄いですが、勤勉でないとまでは、言えません」 「奥歯にものが挟まりまくってるぞ、教官」 「すみません、チェイスが何かご迷惑を?」 「この二週間で続けて金がなくなっている。それも結構な額だ。ひょっとして、あいつは盗癖があるんじゃないのか?」 「まさか、あり得ません」 規範意識が薄いとは言ったものの、多少の規則違反と時間にルーズなところがあるくらいで、道徳心がないとは言っていない。 「そこいらに金を出しっぱなしにしていた奴も悪いが、それにしたって去年まではそういうことはなかった」 「部隊内では、新兵であるチェイスを疑う空気に?」 「いや、よそ者というだけで、ネイサンが、さっきの門番が疑われてる。誰もミルズ先生の息が掛かってることを知らないから、当然といや当然だ。ったく、仲間意識が強いことの弊害だ」 そこでレックスは深い溜め息をついた。 「それで、金を盗られたという者は?」 「いずれも中堅で、気まずいのか、事を荒立てないで欲しいと言っている。当然、治安部にも届けてない」 治安部は軍の警察機能を担う部署である。彼らが介入すれば、事件は早晩解決されるだろうが、代償も少なくない。レックスとしても苦渋の決断なのだろう。 「無礼を承知で申し上げますが、犯人は古参では?チェイスにしてもあの門番にしても、やることが些か大胆すぎます」 「同感だ。チェイスのことは端から疑ってない。あくまで確認しただけだ。悪いな、教官」 「私に謝っていただくことでは」 「教官はチェイスの親代わりだろう」 「その理屈でいくと、我々の親は…」 「やめろ。言うな。寒気がしてくる」 強引に言葉を遮ると、レックスは大仰に身震いして見せた。 「誤解するなよ、教官。先生には心底感謝してる。剣士として尊敬もしてる。だけど…」 「お察しします」 タリウスがクスリと笑い、その様子にレックスがポカンとした。教官は笑わないとでも思っていたのだろう。 「時期に交代だ。あいつらに顔を見せてやってくれ。その間に、俺は真犯人を捕まえてくる」 「承知しました」 タリウスが儀礼的に敬礼をすると、レックスもまたニッと歯を見せて返礼した。だが、颯爽と来た道を帰るレックスは、既に隊長の顔をしていた。 ~Fin~ 2024.3.24 門番シリーズ、一年越しの続き。 |
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