拍手をどうもありがとう♪ 夕暮れの格技場である。ファルコン=トレーズは思いがけない人物に、声を上げた。 「珍しいな、教官。こんなところで…」 「お願いですからここでそう呼ばないでください」 タリウスは声を潜め、後生ですと言って懇願した。 「悪い、つい」 ファルコンもまた声を落とし、そっと周囲を伺った。 「たださえ教え子に見付かれば、相手をしてやることになります」 「その上身元が割れれば、更に面倒なことになるな」 こちらが教官だとわかれば、面識のない人間から、妙な期待をもたれることも少なくない。ファルコンは申し訳なさそうに額をかいた。 「それで、人の少ない週末にいるのか。きょ…いや、貴殿は頼まれると断れない性分なんだな」 「そういうわけでもないのですが」 これまで積極的に他人と関わってこなかったため、うまいことかわす術を持ち合わせていないのだ。 「そういえば、昔エレインと手合わせをしていなかったか」 「は?」 一瞬、タリウスの動きが止まる。 「人違いだったか」 「いえ、私です」 「やっぱりそうか。士官学校で会ったときから、どこかで見たことがあると思った」 ファルコンにまじまじと見詰められ、タリウスは苦笑した。王都には、かつてのファルコンのように、面識はあるが知り合いではない人間がごまんといる。 「城門にいた頃、彼女とは配属先が同じで、随分と世話になりました」 「あいつは凄腕スナイパーとか言われていたが、剣術のほうは破滅的に下手くそだったからな。なかなか良い先生を見付けてきたと思ったもんだ」 「しつこく拝み倒されて根負けしたまでです」 「それでもののついでに、今は子供の面倒まで見てやってるのか」 「そういうことに、なりますね」 「殊勝だな」 ファルコンは感心するのを通り越し、半ばあきれているようにも見えた。 「それにしても、そんな昔のことをよく覚えていらっしゃいましたね」 「覚えているさ。教官の仕事を馬鹿にするつもりはないが、折角の腕前だ。勿体なくはないか」 「買い被りです」 「いや、そのうち一戦交えたいと思っていたほどだ。だが、いつもエレインが独占していて、気付いたら姿を見なくなった」 「あれからしばらく地方勤めをしておりました」 「なるほどな」 ようやく話が繋がったと、ファルコンはしきりにうなずいた。そんなファルコンを見て、タリウスはある小さな決心をする。 「誠に今更ですが、ここでお会いできたのも某かの縁。ぜひともお相手いただけないでしょうか」 「望むところだ」 ファルコンが口の端をにやりと上げる。ようやく、格技場に来た目的が果たせそうである。 ~Fin~ 2024.7.28 今年の夏は異常ですねι(´Д`υ)アツィー。 |
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