■愛を込めて花束を


ディオはものすごく不機嫌だった。
人前ではにこやかな彼が、ここまで機嫌の悪さを隠そうともしていないのも、珍しい。
だが、それにはちゃんと理由がある。
ディオの前で、ディオには目もくれず、本を読みながら煙草をふかしている男が元凶だった。
何が楽しいのか、昨夜届いた考古学の本に夢中になっている。
「おい、煙草」
「ん」
ディオが冷たく言うと、彼は煙草を灰皿に押しつけてまた本に目を落とす。
このいけすかない本の虫は、名前をジョナサン・ジョースターという。ディオの恋人で、婚約者だ。たぶん。

たぶん、というのは、まだディオはジョナサンにプロポーズをしてもらっていないからだ。
男同士で結婚とかどうなんだと言うなかれ。
イギリスでは数日前に同性婚が認められる法律が可決し、今まさに、世は同性婚時代。
法案が通るように、色々と裏から手を回してよかった。ディオは心からそう思っている。
これで大手を振ってジョナサンを自分のステディだと周囲に言いふらすことができるのだ。
まあ、法案が通る前から言いふらしていたが、法的にちゃんと拘束できるというのは大きい。

それなのに、ジョナサンときたら、一向にディオにプロポーズしようという気配がない。
別に男同士だし、ディオから言ったって問題はない。
だが、自分から結婚して欲しいと言うのもしゃくにさわる。
ジョナサンが地面にすがりついて、「ぼくと結婚してくれ!そうじゃあないと、ぼくは死んでしまうよ!」と下手に出たところで、たっぷり焦らしてから最終的に仕方なく・・・というニュアンスでOKを出すのが、最も好ましいシチュエーションだ。
「別にお前が好きで結婚を承諾するんじゃあない! ジョースター家の財産が魅力的なんだからな!」
という返事まで考えているというのに。あとはジョナサンがプロポーズするだけだ。
ディオはジョナサンをじっと見つめた。だが、間抜けな男は全く気付いていなかった。
眼鏡をかけ直しながら、真剣な顔でページをめくっている。
その横顔は男らしく精悍で、いつものふにゃふにゃした笑顔とは違った魅力がある。

いやいやいや、とディオは首を横に振った。別に見とれていたわけではない。
こうなれば無理矢理にでもプロポーズさせるしかないのだが、ディオだって今まで何もしなかったわけではない。
見えるところにゼクシ○を置いてみたり、「そういえばスピードワゴン結婚するらしいぞ」と友達の結婚話をちらつかせてみたりした。
だが、ジョナサンは「ふーん」という鈍い反応しかしなかった。ゼク○イに至っては気付いてもいなかった。

ディオは考える。
これはまさか、ジョナサンにはディオと結婚する意思がないということを、遠回しに伝えているのだろうか?
責任感が強い古風な男だと思っていたが、実は、「7年も付き合ってきて、今更結婚とかしんどい・・・」という今時の若者らしい考えなのかもしれない。
それどころか、ディオのことを恋人だと思ってさえいなかったら。
ただの都合の良いセフレとか、まさかとは思うがここまで色々しておいて友達だと思っているとしたら。
―――自分だけがジョナサンのことをこんなに好きで、隣にいるだけで幸せで、ずっと傍にいたいと思っているんだったら。
もう、立ち直れない。

「ふ、うえっ・・・・・・っ、っ」
「ななな、何で泣いてるの!?」

青い目からぽろぽろ涙がこぼれ落ちる。あとからあとから、止まらない。
ディオは涙を拭うことも忘れて、嗚咽をもらした。
それに気付いたジョナサンは慌てふためいて、本と眼鏡を放り出した。
そしてごつい手に似合わない優しさで、そっとディオの肩を抱いた。

「どうしたんだい?」
「は、はなせ・・・・・・ッ」

ディオは抱き寄せられることを嫌がって、胸を押し返す。
まさか拒絶されると思っていなかったジョナサンはショックを受けたようで、捨てられた子犬のような顔をした。

「ぼくが何かしたのかい? ごめんね、ディオ。謝るから、だからそんな風に泣かないでおくれよ」

優しい声。ジョナサンはただおろおろするばかりで、でも彼の声や仕草には愛情がこもっていた。
ディオは赤くなった目で、じろりと恋人を睨みつける。

「フン。何かしたんじゃあなくて、何もしてないくせに」
「え?」

ジョナサンは不思議そうに首をかしげた。その何も知りませんという顔に腹がたって、ディオはとうとうブチ切れた。

「これ以上ぼくをもてあそぶな!!」
「もてあそぶなんて人聞きの悪い!ちゃんと真面目な気持ちでお付き合いしてるよッ!」
「じゃあなぜプロポーズしないんだ!」

感情が溢れて、どうしようもなくて、また涙がこぼれた。
感情が昂ぶると泣いてしまうのはディオの幼い頃からの癖だ。
怒鳴られたジョナサンは呆気に取られていたが、顎に手を当てて、ディオから目をそらし、うつむき気味になって問いかけた。

「・・・・・・してなかったっけ?」
「あぁ!?」
「プロポーズ。・・・・・・したと思ってたんだけど・・・・・・」

どんどん小さくなる声に、ディオは拍子抜けした。
間抜けすぎる。自分も、この男も。しかし、張り詰めていた糸は途切れて、ほっと安堵したのもまた事実だった。

「ディオ」

大きな手が頬を包む。涙に濡れた白い頬を撫で、ジョナサンが実に申し訳なさそうに言った。

「大事なことを忘れていてごめんね。―――ぼくと、結婚してくれますか?」

当初の計画では、ここでたっぷり数時間は焦らしてやるつもりだった。情けないジョナサンに対して同情したディオが、渋々ではあるが承諾するという態を取るはずだった。
でも、まあ。間抜けな男ではあるが、永遠を共に生きてもいいほどに尊敬している男でもあるので、少しくらい温情をかけてすぐに返事をしてやるのもいいだろう。
そう考えたディオは、口を開いた。

「別にお前が好きで結婚を承諾するんじゃあない! ジョースター家の財産が魅力的なんだからな!」

用意しておいた台詞はすらすらと口から出た。
ただ、ディオの計画は一つだけ失敗した。
照れて、すっかり赤くなってしまった頬はディオの素直な気持ちを表していて、それがジョナサンにはちゃんとお見通しだったのだった。




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