★ ただいま五作品掲載中です ★


○ 『華鬼シリーズ 華鬼×神無』 お題:華鬼の手料理。
● 『華鬼シリーズ 梓』 お題:彼女から見た彼ら(本編読了推奨)
○ 『魔王様シリーズ イナキ+ダリア』 お題:はじめてのおつかい。
○ 『華鬼シリーズ 大田原』 お題:お見舞い。
○ 『華鬼シリーズ 響×桃子』 お題:二年後。

 鬼ヶ里高校には生徒会と執行部の「校的」機関がある。前者は校内の治安を目指し、後者は校内の娯楽を追及することを旨とし、日夜奔走していた。
 しかし最近、この均衡が明らかに崩れてきた。理由のひとつに、執行部会長の辞任があげられる。執行部にはもともと奇妙な関西弁を披露する長身の男・士都麻光晴が席をおいていたのだが、ある一件から彼は学園を離れ、現在はこの空席に副会長だった鳳めぐむがすえられていた。
 ――この女は、生徒会副会長である須澤梓の天敵とも言える。
 工事の前調査するために特棟と呼ばれる北棟にやってきた梓は、鉢合わせになった女を確認して重く溜め息をついた。
「あら、これはこれは副会長さま」
 にっこりと微笑むめぐむは、派手な容姿にぴったりな、右曲がりの性格をしている。嫌な奴に出くわしたと内心で舌打ちしたのがばれたのだろう。言葉尻が妙に刺々しかった。
「報告どおり、建て直しが必要のようよ」
 言って、彼女はよく手入れのされた指先でついっと壁を撫でた。白塗りの壁には多くの亀裂が走っており、めぐむの指先は、中でも一番深くて床から天井に向かって見事な線を結んでいるものを辿っていた。
 これだから鬼は、と梓は不機嫌になる。頭に血がのぼれば後先考えずに暴れ、多大な損害を平気で出してしまう一族なのだ。彼らはその損失を簡単に清算できるほどの財力があり、悪びれないからなおのこと始末が悪い。
「工期は今度の職員会で話し合われる予定」
「……三年生が休みに入っていてよかったわ」
 ふと梓の口から本音がもれた。現在三年生は自由登校になっているが、受験勉強真っ只中であったならさすがに申し訳が立たなかっただろう。最悪の状況だけは回避できたと少し安堵する。
「一番問題のある彼はマメに登校しているようだけど?」
 含むような口調に梓が顔をあげると、その視線を受け止めためぐむがゆっくりと視線を窓の外へと向けた。つられるように対面する校舎を見て梓は眉をひそめる。
 生徒棟一階の廊下に面した窓辺にはカップルが一対たたずんでいた。目を凝らすまでもない、男のほうは梓もよく知る人物だった。
 相変わらず面白いものなど何一つないとでも言いたげな顔を白く染まる世界に向け、じっとしている。隣に最愛の花嫁がいるにもかかわらず、板についた仏頂面を何とかしようという心配りは微塵もないらしい。彼らしいとは思うが、しかし、あれで花嫁のほうが納得しているかどうか――呆れて間近の少女に視線をやると、彼女は彼女で熱心に窓の外を眺めていた。
 あれでお互いに満足しているようだ。意外に、というか、まさにというか、似合いのカップルなのかもしれない。
「木籐先輩も落ち着いたわね」
 くすりとめぐむが笑った。以前のような剣呑とした空気がなくなったのでこれには同意見だが、うなずくのが癪なので無視していると、めぐむがちらりと視線をよこす気配がした。
「休み時間毎に会いに行ってるらしいじゃない? 意外とマメ」
 前々から他人の視線や意見に流されることのない男であったが、あの仏頂面をひっさげて、彼は足しげく一年五組に通っている。周りの慌てっぷりなど知ったことかと言わんばかりのマイペースぶりは、あれはもう間違いなく名物の部類だ。鬼が花嫁に一途な生き物であることは重々承知していたが、まさか彼までそうなるとは思いもしなかった梓は、人知れず頭痛を覚えながら溜め息をついた。
「本当に、花嫁を受け入れる前は規律を乱しまくったくせに、受け入れてからも乱すなんて……迷惑だわ」
「そう? 意外と好きよ。ああいう男」
 梓の独り言にめぐむは小さく笑う。柳眉を寄せて梓は隣を睨んだ。
「……あなたまで不謹慎な発言やめてくれない?」
「善処するわ。でも、最近ヒマなのよね」
 ゆるりとめぐむは歩き出した。
「会長もいなくなっちゃったし――寂しくないように、また何か催さなくちゃ」
 かすかに聞こえてきた言葉に梓はもう一度溜め息をつく。三年に進級したら、またあんなのと対立していかなければならないのかと思うと気鬱になる。
「三年、か」
 窓の桟に肘を乗せて梓は苦笑した。狙い通り華鬼は出席日数不足と見事な赤点――これはそもそもテストに出ず、補習も受けずに与えられたものだが――のお陰で、もう一年学校に通うことになっている。花嫁である神無が二年に進級したら、二人の物理的な距離はさらに短くなるだろう。
 本当に迷惑な話だ。
 窓越しにふっと華鬼が動き、二人の距離がほんの少しだけ狭くなる。彼が何かを口にすると声をかけられた少女――神無がわずかに微笑むのが見えた。同時に、華鬼の表情も柔らかくなる。
「苦情が来てるのよね」
 一人ごちて肩をすくめる。けっしてべたべたしているわけではないが、目立つ男が目立つことをすれば、どうしたって注目を集めてしまうのだ。たとえ本人にその気がなくとも、これは仕方のないことで。
 さて、と梓は胸中でつぶやく。
 どうやって周りを黙らせるか、それが腕の見せ所というものだろう。
「木籐君、この貸し高くつくわよ」
 意地悪な言葉とは裏腹に、梓は優しげな笑顔でそうささやいた。




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