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『華鬼シリーズ 華鬼×神無』 お題:華鬼の手料理。
○ 『華鬼シリーズ 梓』 お題:彼女から見た彼ら。
○ 『魔王様シリーズ イナキ+ダリア』 お題:はじめてのおつかい。
● 『華鬼シリーズ 大田原』 お題:お見舞い(本編読了推奨)。
○ 『華鬼シリーズ 響×桃子』 お題:二年後。

 ノックの音に驚いた大田原は時計を確認してからどうぞ、と返事をする。来客の予定がなかったことを思い出して首をひねった彼は、病室のドアを開けた二人を見て文字通り驚倒した。
 まず入ってきたのは放送部一年の朝霧神無。これは部の後輩なので見舞いに来てくれるのはわかる。しかし、続いて入室したのは鬼ヶ里高校の生徒会長、木籐華鬼だった。
「これ、お見舞いに……調子、どうですか」
 花束を差し出した神無は、背後から突き出される果物カゴを受け取ってそれをテーブルの上に置いた。
「あ、ああ、だいぶいい。毎日暇で仕方ないくらいだ」
 つけっぱなしのテレビを消して、神無が華鬼の花嫁――“鬼頭の花嫁”であることをあらためて痛感し、妙な気分になる。神無自身は本当にごく普通の少女なのだ。道ですれ違っても、おそらくは誰も気にもとめないほどの――鬼の花嫁としては異例に属する部類だ。だからときどき、忘れそうになる。歴代最高と呼ばれる鬼に選ばれた娘だということを。
「わざわざすまないな。……鬼頭も、ありがとうございます」
 頭をさげると神無はひどくうろたえた。こういうところが彼女の立場をあやふやにする要因かもしれない。しかし、大田原にとっては好ましい彼女の一面でもあった。
「花を……花瓶を貸していただけますか」
「そこの棚にある」
 立ち上がろうとした大田原は鼻孔をくすぐるにおいに気づいて動きをとめた。
「横になっててください。花瓶、お借りします」
 白い陶器の花瓶と花束を手に神無は小さく頭をさげて退室する。その後ろ姿を呆然と見送った大田原は慌てて華鬼を見た。
「朝霧、まさか」
「ああ」
「そうですか。……おめでとうございます」
 柔らかな香りの正体に自然と笑みがこぼれた。無頓着なのかと思った華鬼が意外なほど優しい眼差しでドアを見つめていることに気づき、大田原はふっと息をつく。彼が病院に担ぎ込まれた翌日、鬼ヶ里高校はさらに荒れたと聞く。その中心が神無であり華鬼であったことを、大田原は見舞いに来た友人から聞いていた。しかし、その後の話までは耳にしていない。この事実はまだ鬼の間でのみ知らされているに違いなかった。
 うらやましい、と素直に思った。鬼の血を誰よりも強く引き継ぎ、そしてこうして幸せを掴むことができた華鬼のことを。それはけっして大田原には手に入らない類の幸福だ。鬼とも人ともつかない者に生まれついた彼は、すでに伴侶を得ることをあきらめていた。
 過去、印を刻んだはずの娘には鬼の花嫁の刻印が現れず、遺伝子だけをわずかに狂わせ、自分と同じように鬼とも人ともつかない者へと変えるのみにとどまった。彼女は幸せだからかまわないと笑ってくれたが、大田原にはその笑顔が泣き顔にしか見えなかった。
 彼女が病気で短い生涯の幕を閉じたのはそれから数年後だった。彼はしばらく自暴自棄になってひどく荒れた。何年か、何十年かして学園に戻り、彼はもう一度鬼の花嫁に恋をして、印を与え――そして、同じ苦痛をその娘にも背負わせた。
 意味がわからなかった。確かに鬼の能力を継いでいる自分には何かが足りず、それはそのまま愛した女さえ同じ苦痛を味わわせてしまうことになる。それだけを理解しながら、謝罪の言葉を胸の奥深くにしまいこみ、彼はその娘とともに暮らし、彼女を見取ってからは伴侶を得ることをあきらめた。
 人と恋をしても、ゆったりと老いる体では長く寄り添うこともできない。心を残したまま別れ、何年かはその思いを引きずってひどく塞ぎこんだ。
 そんなことを何度も繰り返し、それでも彼は、鬼も人も嫌うことができずに生きている。花嫁を見れば守ってやりたいと思うし、幼い子供を見れば愛おしいと思う。性懲りもなくそう感じる自分に気づき、大田原は苦笑をもらした。
「鬼頭」
 居住まいを正して声をかけると、華鬼はまっすぐ大田原を見つめ返す。穏やかな空気の中に混じる確かな存在感に大田原はなんとなく安堵して言葉を続けた。
「上が懸念しているのは一族の弱体化ではなくその存続――もっとも問題視されるのは、オレのような下層にも属さない鬼の存在です」
 次代に種を残すことなく死んでいく者がこれから確実に増えていく。女が生まれないという一族は、つねに外界から血を混ぜているのだ。その血が薄くなるのも道理であった。しかし、それが続けば一族が滅びる。下層にも満たない大田原は、すでにその兆候を見せる体をかかえていた。
 強ければ子を成しにくく、弱ければ希望すらない。この一族ははじめから滅びの道を歩む運命さだめにある。
「あなたの存在も朝霧の存在も、上にとっては稀有なものです。だからどうか」
 守ってください、そう続けようとしたとき、ドアが開いてきれいに飾った花瓶を手に神無が戻ってきた。これは神無に聞かせるべき内容ではないと思わず大田原が押し黙ると、察した華鬼が静かにうなずく。
「わかっている」
 多くを語らぬ華鬼に、大田原はほっと吐息をついた。
「部活のほうはオレに任せてください。どうやら留年決定みたいなんで、復帰したらいままでどおりにします」
 語調を和らげて言うと、華鬼が少しだけ驚いた表情になる。
「そうだな、……期待してる」
 一人の守りなどたかが知れている。けれど華鬼はうなずいてわずかに笑みを見せた。これが何よりも嬉しい褒美だなと思い、大田原は花瓶を手に小首を傾げる神無に晴れやかな笑顔を向けた。




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