長谷川さんの家に泊まりに来たのはいいのだけれど、やらしいことを夜にしたままの格好で寝たのが災いして熱を出してしまった。
ぼんやりした顔で天井を見つめ、俺の言葉がよく届いていないのか完全にずれたタイミングで相槌を返してくる。
必要最低限のものすら揃っていない長谷川さんの家に、体温計なんてあるはずもなく原始的にでこへ手を当ててなんとなくの熱さで「これはちょっとやばい」と判断した。
しまいには関節が痛いって言い出すから、インフルエンザなんじゃないかと不安にもなったがそれはきっと、ちょっと長谷川さんの体に無理させた体位のせいだろう。と自分に言い聞かせた。

とりあえず、長谷川さんには寝間着に着させた。
それも、子どもにしてやるように下着から肌着にいたるまで、痛む関節に気遣いながら丁寧に。
寝間着のボタンを全部かけてから、からからに乾いてしまっている唇に軽くキスをしたら、長谷川さんは困った顔をしながら「うつるからだめ」と俺の頬を熱い指先でつねった。
でも、指に力が全然入ってないから痛くなんかなくて可愛い。なんて思ってしまった。

「なんかほしいもんある?買ってくるよ」

時折苦しそうな咳をする長谷川さんの背中をやさしくさすりながら、ゆっくりとまた布団に横たわらせ布団をしっかり顔の下までかける。
布団から顔だけ出している姿は、ロシアのマトリョーシカ人形みたいでそれがまた可愛いから、今度はでこにキスした。

「煙草、あと…ポカリ。」

こんな時でも一番は煙草かと思うと、長谷川さんらしい。と思うよりも先に呆れてしまった。かと言って、禁煙しろ。とは言えない。長谷川さんの煙草を吸う姿や、俺の服に残る煙草の香りが好きで好きで仕方ないから。
だから俺は、「わかった」と言いながらさっさと服を着てから部屋を後にした。

半日ぶりの外の空気は、想像以上に寒くて耳が少し痛くなって、ポケットに手を突っ込みながら薬局を目指した。
狭い道なのに薬局はそんなことおかまいなしと言わんばかりに、特売のティッシュペーパーやら洗剤やらを店からはみ出すようにして積み上げている。
そんな投げ売りの山の中に、88円のビスコがあった。
子どもが笑顔でビスコを持つ真っ赤なパッケージ。それを一つと頼まれたポカリを一本買ってから、置物みてぇに小さいおばあちゃんがやってる煙草屋で買い物をした。
小銭をじゃらじゃらさせながら帰ると、長谷川さんは布団から起き上がっていて、背中を丸めて寂しそうに座っていた。

「ただいま」

その背中を包むようにして抱きしめ、起きた時よりも熱くなっているでこにまた、唇を寄せた。
掠れた声でおかえりって言ってくれた長谷川さんは、今にも消えてしまいそうで俺を不安にさせた。

「はい、煙草とポカリ。あとビスコ。これ食べて早く元気になれよ」

でも、そんなそぶりは見せずにビニール袋から買ってきたものを全部出し、ペットボトルのフタを開けてあげてから渡すと、一口だけ飲んでから「ふぅ」と安心したような溜息を漏らし、ビスコの箱を見て驚いた顔をしていた。

「銀さん。俺子どもの頃、具合が悪くて飯食えない時はいつもビスコ食ってた。母ちゃんが、これ食べて早く治しなさいっていつもくれたんだ」

箱をしげしげと眺める長谷川さんの顔は、懐かしむような照れくさそうな優しい表情だった。
俺はと言うと、なんとなく買ってきたものが長谷川さんの子どもの頃の思い出の品だったことに驚いたし、それ以上になんだかどこか、遠く深い場所で俺たちは繋がってるんじゃないかと感じた。




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