+ Rosy Chain +

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こちらの作品は第三章第五話と第六話の間のお話です。

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Rosy Chain Side Story

03.Calm Dream

Line
* Kasumi *
 あなたはいつも、意地悪なのに、優しくて。

 * * * * *

 一休みしたい、と言ったのは、私のほうだった。
 だって、昨夜が昨夜で……なのに、また朝から勉強し通しだったんだもの。
 かと言って、何をするでもなく、慣れた私の部屋の居間のソファの上でスカートの長いキャミソールワンピースに包まれた脚を肩に掛けたままの彼に借りたシャツごと抱えて、強くなりはじめた日差しを、ぼうっと見てた。
 ソファの向きを普段とは変えて、大きな窓の前に持ってきて、同じように移動させた目の前のテーブルには、オレンジジュースの入ったグラスが二つ。
 日差しを受けて、きらきらと輝いてテーブルに映り、揺らぎながら揃いの光を落とす。
 コーティングされたイタリア語の教科書の表紙も、眩しいくらいに反射してる。

 ……いい天気。
 干した寝具も洗濯物も、きっと取り込んだら太陽の香りがする。

 外はたぶん、暑い。
 けど、空調の整ったマンションの中なら、視界は真夏でも、気分は快適。
 気密も風通しも中途半端なコンクリートとガラスに包まれているのに、団扇も扇子も無く、汗ひとつかかずに居られる。

 ぼんやりと見つめた窓の向こうでは、花火大会があるわけじゃない。
 夕立ちの予報でベランダの洗濯物が不安なわけでもない。
 ただ、勉強の合間をぼんやりと過ごす、そんな初夏の午後。

 でも、ここに居たら、部屋の中でも、日焼けしちゃうかな。
 紫外線はガラスなんか飛びぬけちゃうって聞いた。
 あまり焼けない体質だけど、七月は、確か紫外線が強いのよね。
 お天気はいいけど、曇りのほうが強かったりもするんだっけ?

 愛用の日焼け止めは、SPF24、PA++。
 日傘を使うから、あまり数値は高くない。
 強すぎると、かえって肌に悪いって言われてるし。
 紫外線にはA波とB波とC波があって、地表に届くのはA波とB波で、それぞれ波長が違って、確か、短波の影響は即効性、長波の影響は遅効性。
 で、SPFとPA、どっちがどうだったっけ。

「A波がPAで長波、B波がSPFで短波」
 あれ。
 なんで、私の考えてること、わかるの?
「わかるって言うか、なんとなくだけど。風澄の考えていることならね」
 隣に座っていた彼が、至極あたりまえだという調子で言う。
「……そう?」
「少なくとも、これに限っては」
 見上げた私を、彼が軽く見つめ返す。
 そして、冷房で少し冷えた私の手に、あたたかい手が重なって、ゆっくりと包んだ。
 あたためられていく指先の、思わず息を飲んでしまいそうな心地よさを抑えて、冷静を保って、口を開く。
「…………私も、わかったかも」
 昂貴の考えてること。
「バレバレですか」
「バレバレですね」
 指先が、手のひらを撫でる。
 挑発。誘惑。どっちが近いのかな。
「勉強するんじゃなかったの?」
「一休みしたいって言ったのは風澄のほうだろ?」
 ええ、そうです。
 でもね、あなたの言っていることは『一休み』じゃありません。
 えっちなんかしたら、疲れちゃって、勉強になんかならないもん。
「単位、落としちゃってもいいの?」
「風澄の性格上、そんなことできないだろ?」
 ……確かに。
「じゃあ、昂貴の及第点、取れなくていいの?」
「その場合、困るのは完全に風澄だと思うぞ。色々な意味で」
 ……ううう、それも確かに。
 単位は大丈夫だと思うけど、点数が悪かったりしたら、昂貴にいったい何を言われるか……ううん、むしろ、いったい何をされるか! もしかすると、手錠とアイマスクで済めば良いほうかもしれない……ぶるぶる。
「……私、勉強しないと困るみたいなんですけど」
 変な文法。日本語として、これってどうなのかな。
 でも、気分的には、かなり如実。
「じゃ、それは夜に」
 やっぱりするんだったら同じなような気がする。
 そんな私の気持ちをよそに、肌をくすぐっていた指が、探るような動きに変わる。
 離れたかと思うと、向きを変えて、組み合わせるように繋がれた。
 肩を寄せると、私の髪が彼の口唇に触れて。
 昨夜のことを、思い出してしまいそうになる。

 まだ、身体の中に残る充実感と満足感。
 蘇る、悦び――。

「たぶん……」
「え?」
「……今、同じこと、考えてたな」
 意地悪なような、優しいような、声。
 静かな口調で語りかけられているのに、隠しておきたいことが露見してしまって、どうしようもなく気まずい、そんな感じ。
 それなのに、どこか嬉しい気持ちもあって。
 他の人に言えない秘密を共有しているような。

 どうしてだろう。
 見つめたいのに、できない。
 途惑う心と視線は、恥ずかしいから? 嬉しいから?
 逸らしたところで、繋いでいた手を解かれ、腕で抱き寄せられた。
「や、見える……」
 つい口をつく、抗う言葉。
 望遠鏡で覗いている人でも居たら別だけど、目の前にビルがあるわけでもないし、見られる心配なんかほとんどないのに。
 ごまかすみたいに、慰めるみたいに、額に寄せられた口唇を、身をよじって避けたけれど、簡単に追いつかれてしまう。
 避けただけなのに、焦らしているみたいな、甘い拒絶になる。
「見えないよ」
「だって、こんな窓ぎわじゃ……」
「口唇にはしてないし」
 そういう問題かなぁ?
 しないんじゃなかったの? ――そう言っても良かったんだけど。
 って言うか、しないけど。
 しないんだけど。

 でも、いいか。
 ちょっとなら。
 今はそれが、心地よいから。

 敵わなくて、意地悪で、それなのにとても甘くて優しい彼と過ごす、
 それは、ふつうの。
 あたりまえの、日常。

 * * * * *

「……」
 眩しくて、目をあけた。
 そこは、初夏の太陽が降りそそぐ寝室。

「目、醒めたか?」
 え?
 ……ああ。
 なぁんだ、夢だったんだ。

「ん……」
 視界に入ってきたのは、既に身支度を整えていた彼。
 ベッドサイドに座ったまま、私を見つめて、軽く髪に触れてる。
 三つ編みを解いたり、大きめのカーラーで軽く巻いたり、そんな程度の緩いウェーブの髪を、じゃれるみたいに、指に絡ませて。

 ……なんか、いかにも、って感じ。
 初めて抱き合った次の日にも思ったけど。
 今までつきあってきたひととは、一緒に夜を過ごしたことは一度もない。だから、過去の事実との比較ではないんだけど……それでも、なんだか『いかにも』って感じがする。
 小説とか、映画とか、そんなので見たのかな。
 そういうシーンの描写がなくても、『事後』ってわかる、みたいな。
 そんな既視感。
 でも、想像の産物じゃないってことは、自分の身体が教えてる。

「……おはよ」

 あんな夜を過ごして、あんな夢を見て、こんな朝を迎えて。
 恋人同士じゃ、ないのにね。
 暢気に、朝の挨拶なんかしてる。

「……おはよう」
 って、前髪に触れたかと思うと、いきなりおでこに軽くキスして。
 途惑う私を置いて、彼はベッドを離れる。

 それでもキスは、やっぱり心地よくて。

 手を伸ばせば、シャツの裾に届いたけど。
 それはまた今度の機会にね。

「……やっぱり、いい天気」
 夢の中と同じ、きらきら光る、初夏の太陽。

 居間でオレンジジュース、
 誘ったら……どんな顔するかな。

Line

……ああ、初々しい(←そうか?)。
第三章第五話と第六話の間のお話、風澄の夢でした。
まだ、近しいような遠いような、風澄と昂貴の日常の風景です。……夢落ちだけどね(笑)。

Line

First Section - Side Story The End.

2005.06.25.Sat.

* Rosy Chain *


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