『ハッピーエンドは信じない』



終盤近くまでドロドロだったドラマが大団円で終わると、肩透かしを食らった気になる。
それは、他人の物語だからかもしれない。
とはいえ、長すぎる曖昧な自分の物語が、ハッピーエンドになるとも思えないのだが。

「証拠品、署名くれ」

真選組の保管庫には、倉庫番がいる。
近藤の知り合いの娘らしいが、総悟が彼女と出逢ったのは、この保管庫だ。
倉庫番の娘は総悟と歳が近く、友人と言える関係になっていた。
事件現場から持ち帰ってきた証拠品は、ここで番号を付けられて保管される。
今日、総悟が持ち帰った証拠品は、十数点に及ぶ。
奥から出てきた彼女は、台帳と証拠品袋に次々と署名を入れていく。
今日は、いつもより物憂げに見える。
それもそうだろう。

「——お前、また男と別れたって?」
「……何で総悟が知ってるの」
「何でって、俺にだって情報元くらいあらァ」
「……あの、おしゃべり監察。何で総悟に言うかな」

いつも、彼女の恋愛事情については、山崎を締め上げて無理やり吐かせているのだが、今はそれは置いておく。

「で。今度は何が原因でィ。前回は、二股されたんだったか」
「言わない。総悟には絶対言わない。どうせバカにするんでしょ?」

彼女の一番の欠点は、男との交際が長続きしないことだ。
良く言えば、男運が悪い。率直に言えば、恋愛に依存しすぎる。
彼女は、幼い頃に母親と妹を亡くし、この一年で兄と父親を立て続けに亡くした。
そうした事情が彼女に孤独を感じさせているのだろうが、それを受け止められるほどの器を持った男にはなかなか当たらないらしい。

「バカになんかしてねーやィ」

友人として、気になる。
友人として、彼女には幸せになってほしいとは思う。
だが、彼女が他の男と付き合うのは、とても腹が立つのだ。

「……デートの約束すっぽかされて、そのあと二日近く連絡来なかった。やっと連絡取れたと思ったら、『仕事だから仕方ないだろ』だって」
「……へぇ」

男には男の事情がある。
女よりも、自身の道を優先することはままある。
だが、メールひとつ、電話ひとつ寄越さないのは、意識不明にでもなっていない限り、怠慢だろう。

「へぇ、って何よ。へぇ、って。やっぱり、くだらないって思ってるんでしょ」

ありえない。
総悟は、彼女が寂しがり屋だというのをよく知っている。
もしかしなくとも、他の男よりは、ずっと彼女のことをわかっているだろう。

「いーや。何ですっぽかされたとき、俺に連絡しなかったんでィ。迎えに行ってやったのに」
「……総悟も仕事でした。仕事中だってわかってるのに、電話できないでしょ?」

ということは、少しはそれも考えたということか。
ただの友人でいるというのも、ずいぶん歯痒いものだ。

「関係ねーだろィ。仕事中だろーが、迎えに行くくらいできらァ」
「……ふぅん」

総悟の言葉に、彼女の顔が少しだけ明るくなる。
あれれ。意外と、こういうのもいいかも知れない。

「——ところで。俺とお前がいつ付き合うかって、賭けの対象になってんの知ってやしたか?」
「そうなの……? 山崎くんは何も言ってなかったけど。山崎くん、賭けてないのかな?」

腹立たしいことに、山崎は、
『沖田隊長は今回も動かない。現状維持』
に賭けているらしい。

「さァ、どーだろうねィ」
「……それで、総悟は、賭けをやめさせたの?」
「いーや。好きにやらせときゃいい。……だが、あんまり賭け金が跳ね上がるのも癪なんで、ここらで結果を出そうと思いやして」
「結果?」
「そ。——お前、俺じゃァ物足りねーのか? 」

きょとん、とした顔で、彼女は受領の署名を書き終えた証拠品を掴んだまま、動きを止めた。

「物足りな……そっか。そういうこと、だったんだ」

小さく呟きながら、彼女はゆっくりと総悟の手に自分の手を重ねる。
総悟が握り返すと、薄く微笑んでその手を見つめた。

「うん……やっぱり。こうやって、手を握ってくれるのは、総悟だけだよ」
「まァ、な」
「わたしが誰かと付き合っててもそうじゃなくても、態度が変わらないのは総悟だけ」
「そうだったかねィ」
「それにわたし、誰かと別れるたびに、総悟のところに戻ってる気がする」
「へぇ」

気のない返事をしてみるが、握り返した手の力は強さを増すばかり。
総悟は、常に彼女の傍にいた。
真選組で同僚としてということではなく、彼女の心に寄り添ってきたつもりだ。
殊更に甘い台詞を囁いてきたわけでも、男との交際を邪魔してきたわけでもない。
だが総悟は、常に傍にいた。
喪ったばかりの父と兄を想って泣く彼女の傍に、総悟はいた。
彼女の恋人たちがしてこなかったことを、総悟が担っていたのだ。

「——わたし、総悟じゃなきゃ、だめ、なのかな……?」
「……まァ、そうだろうねィ」
「総悟じゃないから、物足りなかったみたい」
「んなこと、最初ッからわかってただろ」
「……うん」
「——じゃあ、どうする」
「え、っと……」

戸惑った彼女は一瞬だけ動きを止め、筆をもう一度手に取る。
握った総悟の手が引き寄せられたかと思うと、手の甲に冷たい感触が乗せられた。

「は……? お前、何やってんでィ」
「ん。……受け取りの、署名」

なるほど。そうきたか。
総悟の手の甲には、彼女の名前がしっかりと書かれている。

「……変なヤツ。けど、俺だけだろうねィ。お前とちゃんと付き合えんのは」

ハッピーエンドは信じない。
だが、彼女のためのハッピーエンドなら、受け容れたっていい。
総悟の名前を呟いて目を潤ませた彼女の手に、総悟の署名を入れてやる。
ハッピーエンドのその先に、二人の名前を並べるように——。






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