(ローさんと幼少ベポで、ハートの人たち捏造) (ベポの一人称は、ベポorぼく→おれ、の変遷だと思ってます) 「ぼくたちは愛しあってるんだよねえ、キャプテン」 丸く削った黒曜石の瞳を瞬かせ無邪気に夢見る白熊の言葉は、場を沈黙させ、三秒後に騒然とさせるに足る破壊力を持っていた。 食器の音さえ黙りこくった数秒の後、ヒュウ、とどこからともなく響いた品のない口笛を皮切りに、食堂はさざめきから割れるような笑い声に包まれる。 「いや、まあ、間違っちゃいないんだろうけど…」とキャスケットはひどく胡乱な視線を向け、ペンギンはポタージュを掬った銀のスプーンを空中で静止させたまま、次に発する言葉を考えあぐねていた。 「ベポ、そういうことを無闇に人前で言っちゃあいけない。慎みがないぞ」 「つつしみ?」 「はしたないぞって言う意味だ。俺たちが愛しあってるなんて皆知っているし、どれくらい愛してるかは俺とお前だけが知っていればいい。そうだろう?」 「うん、そうだね、キャプテン」 ぼく、つつしみを持つよ。 ローの膝に抱かれたまま、ベポは前足で不器用に握ったフォークを落とさないように注意しながら胸を張る。さわやかな朝の食堂は、夕餉時の宴会もかくやという喝采に満たされ、ペンギンは頭が痛いと呟いた。キャスケットはやれやれと頭を振りながら、ローがじっと睨み付けている湯気のたつ注ぎたてのポタージュを、飲み頃に冷めた自分のものと換えてやる。礼も言わず当然の顔でスプーンを突っ込むローに、パセリを避けてはいけない、と念を押すのも忘れずに。ベポが薄く長いベーコンを苦労してフォークに刺すが、ぷらぷらと揺れる端が白い毛皮を汚しそうになる。ローはすかさず食事を中断して、手ずからきれいに巻き直したベーコンと卵を甲斐甲斐しく食べさせてやった。 「美味いか?」「おいしいよ」「サラダも食わなきゃ駄目だぞ」「キャプテンもだよ」「じゃあ食べさせてくれるか?」「うん、いいよ」「愛しあってるなあ」「愛しあってるもんねえ」 今にも腹が裂けて笑い死にしそうなクルーたちを尻目に、ローとベポは黙々と互いの皿を空にしていく。 ベポの爆弾発言の他は、至って平和な日常だった。 「どうしてみんなあんなに笑ったのかな。ぼく、そんなに変なこといった?」 「まさか。きっと全員寝不足で腹ぺこだったんだ」 「ねぶそくではらぺこだと、笑いだすの?」 「まあ…ものすごく機嫌が悪くなるか、やることなすこと可笑しくなるかだな」 冷めたココアが四半分ほど入ったマグカップをスプーンでかき回し、底に沈殿した泥のようなパウダーにローは思わず顔をしかめる。少量の水と共にミルクパンを火に掛けペースト状になるまで練る、などという律儀さを持ち合わせていないため、ローの作るココアはいつだって目分量の粉に湯とミルクを注いでぐるぐるかき混ぜただけのものだ。そしてベポのために蜂蜜をひと匙。ほの甘い、けれどどこか粉っぽいホットココアは、ベポにとってこの世で一番素敵な飲み物だった。 ウッドチェアに腰掛けたローの膝に前足を乗せると、何も言わなくてもすぐに抱き上げてくれた。 「かわいい小熊のベポ」 「…こぐまって言うの、やめてよ」 「子供だろう、お前は」 ローの両腕にすっぽり収まる体は、出会った頃は両手に収まるくらいだった。かわいい小熊のベポ。どんどん成長していくベポを引き止めるように、ローは昔から変わらずそう呼ぶのだ。近頃、抱き上げられるときに脇の下を持たれると少し痛い。その痛みが大人に近づいている証だと、ベポはそう思っている。それは誇らしいことではあったけれど、一抹の寂しさでもあった。大好きなこの人に抱っこをねだれなくなる日が、いつかは必ず来てしまう。 「ねえキャプテン、ぼく、すぐにもっと大人になるよ」 「そうだな。たくさん食べてたくさん寝るといい」 「…ぼく重くなったよねえ。キャプテン、おひざ痛い?」 「馬鹿だな、まだまだ大丈夫だ。お前に比べたら俺の刀の方が重い」 「大人になってもぼくのことかわいいって言ってくれる?」 「お前はいつだってかわいいよ、世界で一番かわいい」 「…いつかもっと大きくなったら、ぼくがキャプテンを抱っこしてあげる。だからぼくのおひざで、かわいいってたくさんなでてね」 首の後ろに触れていた手が、喉元をそっと擽るように撫でてくる。猫にするようなその手付きが、けれど蕩けるように気持ちいいのも確かで、ベポはこてんとローの胸に頭を預けた。 「だって、ねえ、ぼくたちは愛しあってるんだもんね」 きらきらとスターダストを閉じ込めた黒曜石の瞳で、ベポが無邪気にローを見つめる。前足で、撫でている方とは逆の手に触れると、ぎゅっと握り込まれて指先が肉球を押してきた。 「お前にはかなわないよ」そう言ってやさしく笑うローは、いつだってベポの最愛だった。ローはベポを可愛がってくれるけど、(きっとぼくの方がキャプテンが大好きだよ)、うまく伝える術を知らないから、まだ口には出さないけれど。 こうして抱きしめて撫でてもらえることがどれだけ素晴らしいのか、いつか必ず教えてあげる。 |
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