春宵一刻




西へ落ちるは、燃え上がるような夕暉。
それを呑み込む宵の足並みが遅くなり、夕風が徐々に生温かく感じられる季節。

琥珀のような斜光を頬に差しながら、一人三成は書几に向かっていた。

異国の文字で書かれた木簡と睨み合うこと暫し。
考えがまとまったのか、筆を手に取り墨に浸す。


「―――――三成」


背後から唐突に声をかけられ、名を呼ばれた本人はびくりと肩を震わせた。
聞き覚えるつもりもなかった、低い声音。姿を見なくとも、誰だか容易に判断はつく。

「おいっ、曹丕!!ここは俺の私室(へや)だ!
断りぐらい言ったらどうな―――――」


勢い良く振り返ると、目に映ったのは紺碧、そしてやけに近い曹丕の顔。
ドサリという音を立てて曹丕の姿が視界から消えるとともに、ずしり、と両膝に重みを感じる。

眼下にあったのは、倒れこむ曹丕の頭だった。


「―――――おいっ・・・貴様・・・・・」

曹丕のこんな姿は、初めてだった。
自分の膝の上にうつ伏せたまま、ぴくりも動かない。

(まさか・・・・・)

何度も曹丕を揺すって名を呼ぶと、漸く低い呻き声が返ってきた。



「・・・・・寝させろ」


「・・・・・は?」



唖然としている三成を尻目に、さも煩わしそうに曹丕は寝返りを打つと、そのまま再び寝息を立て始める。


(一体何なんだこいつは・・・・・)


ここまでくると、腹が立つというよりは、寧ろ呆れるに近い。

「・・・俺にだって仕事があるのだが」

さらり、と曹丕の前髪が音を立てて垂れる。よく見るとその横顔には、疲労の色が浮かんでいた。
余程気を張っていたのだろう。眠っているにも関わらず、額に寄せている皺は取れない。

「―――――こいつ・・・俺を奥方か何かと勘違いしてるのではないか・・・?」

いい加減に目を覚ませ、と叩き起こしてやろうか。そんな考えが頭を過る。
けれど。

膝から伝わってくる温もりが。重みが。
そうさせてはくれなかった。


「・・・・・まあ、死にでもされたら困るからな」


三成は筆をとるのを諦めると、山積みになっている木簡に手を伸ばす。

(少しの間だけだからな)


宵が迫る、薄暗い中で。


2010/4/19





「春」をお題にして書いてみました。その割に春らしくありませんが!←
書いてしまうと野暮になりますが・・・
言外に込めた三成の優しさ(ツンデレ)とかが伝われば幸いです。

そして裏テーマは「初めて丕三が触れ合った時」です!
疲労困憊・意識朦朧としている中で、曹丕は三成を思い出して・・・
あ、枕が欲しい
とういう何ともいい加減な具合で三成のもとに向かったのではないかと思います。
しかしこの時既に、曹丕は三成のことを・・・
こんなにも無防備に自分(しかも寝顔)を晒しているんですからね!








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