「雪村千鶴って一体何者!?」 障子を開けるなり喚いたに、不知火は銃を手入れしている手を止め思い切りしかめた顔を見せた 「不知火さん!あなた色々知ってるんでしょ!?」 しおらしさとは無縁の所作で不知火の目の前にどっかと座ったは、興奮で蒸気した顔をぐいと近づてくる 「……あー」 雪村千鶴 かつて東国の鬼を総ていた雪村家の生き残り 貴重な女鬼 そして今何故か新選組と行動を共にしている変わり者 何故が雪村千鶴を知っているのか、答えは簡単だ 学習能力の無いこの無鉄砲な小娘は、まだ新選組の周囲を嗅ぎ回っているのだろう 身の危険に晒されただけではなく、新選組幹部に本気で恋してしまったという大失態を犯した事をもう忘れたのだろうか いや、大失態を犯したからこそはしつこく新選組を嗅ぎ回っているのだろう いや、が調べているのは新選組ではなく……たった一人の男だ 恐らく、今回のこの騒ぎようも雪村千鶴という色々な意味での新選組の弱点を掴んだからではない 「とりあえず、その雪村千鶴ってヤツがどうしたんだ?」 そう確信している不知火は面倒そうにに尋ねた 「最近……新さんの巡察の時にいつも雪村千鶴って子が隣に居るのよ!」 ほら、やっぱり 不知火は心の内で呟いた の頭の中は、図らずも恋してしまった愛しい永倉新八の事しかない 黙り込んだ不知火の目の前では早口でまくし立てた 「だっていつも一緒なのよ!?おかしいじゃない!この間だって仲良く並んでお団子食べてたのよ!最近新選組内で衆道が流行ってるとは聞いてたけど、新さんだけは違うと思ってたのに……!」 「あー」 目に涙を溜めたを前に、不知火は何から突っ込んで良いのか分からず ひとまず、大きな大きな誤解を訂正した 「ひとまずそっちの件は安心しろ。雪村千鶴は女だ」 「え……そ、そうなの?良かったぁ――って、余計悪いわ!!」 「むー……今日は雪村さんはいないのね」 口を尖らせながらも、僅かに安堵したの声 「ホラ、不知火さんも真面目にしてよっ」 「……めんどくせ」 腕を引っ張られ、眉間に皺を寄せた不知火だったが 再度腕を引かれ、結局はの頭に顎を乗せて仏頂面を通りの向こうへ向けた 二人が路地の角からこっそり見つめる先には一軒の店 少し前に永倉が入った店だ 「確か、凄く美味しい花林糖を置いてるのよね」 「女ってそういう事には耳聡いよな」 「そ、それ程でも無いわ」 「褒めてねぇよ」 ピシャリと不知火が言い放ったのと、永倉が店から出て来きたのはほぼ同時だった 小さな包みを懐に仕舞った永倉が店を後にし、当然の様に後を付け始めたに腕を掴まれた不知火も尾行に巻き込まれる 永倉は真っ直ぐ屯所に戻ろうとはせず、やがて人気の無い河原にたどり着くと 傾いた日が輝かせる水面の側に佇んだ 「新さん、素敵……」 夕日に染まる永倉の後ろ姿を見つめるがうっとりと呟く 「お前って、ホントにおめでたい奴だな」 の頭から、永倉は敵だという考えは抜け落ちてしまっているらしい そして、ここで以前一体どんな目に遭ったかも忘れてしまったのだろうか と 永倉が大きく息を吸い、声を張り上げた 「まさか、ここで何があったか忘れたわけじゃないよな?……ちゃん」 瞬間的に不知火はの手を引き、自らの背に隠した 「チッ……やっぱ気付かれてたか」 「え?気付かれてたの!?どどどうしよ――ムガ!」 「静かにしろって」 の口を塞ぎ、低い声で忠告したが こんなやりとりが無意味な事は充分承知している 河原の砂利を踏みしめて、こちらへ向き直る永倉の気配を感じた不知火は の口を塞いだまま、隠れていた物陰から永倉の前へ姿を現した 「よぉ、久しぶりだな」 平静を装って、片手を上げる 永倉の出方次第では戦いになる 人間に負けはしないが、の目の前で永倉の命を奪うのは流石に躊躇する 永倉は刀に手をかけているが、抜刀する気配はない 「んーんー!」 永倉を前に興奮したらしいは、口を塞ぐ不知火の手を毟り取ると子犬のように転がり出た 「し、し、し、新さん!」 きっとは今、頬を真っ赤に染めているのだろう 呆れ顔の永倉の気配が柔らかくなっている 「ちゃん、君は俺達に殺されかけた。もう忘れたってのか?」 「わ、忘れて無い!でも私……どうしても確かめたい事があって」 「それで後を付けてたのか?」 コクコクと何度も首を縦に振るに、永倉は大きく息をつく 「それで?確かめたい事ってのは何だい」 「ゆ、雪村千鶴って何者なの!?」 単刀直入の問いかけ 不知火が内心舌打ちしたのと、永倉の視線が厳しくなったのは同時だった 「それを聞いてどうするつもりだ?」 「だ、だって気になるもの!もし雪村さんが新さんの好い人だったらどうしようって心配で眠れなくて……わ、私がそんな事心配するのはいけない事?」 「駄目だろ」 不知火の呟きは届いていない。だけでなく、永倉にさえ 「ちゃん……君は本当に、馬鹿だ」 驚きに目を丸めた永倉は、夕陽に染められた顔を僅かに伏せた 「千鶴ちゃんはただの妹分だよ。俺の心にあるのは何時だって――」 「いつだって?」 目線だけをあげてを見た永倉は、わしわしと頭を掻き 懐に手を入れて、袋を取り出した 「……これ、貰ってくれるか?」 「え?」 一歩、二歩、と永倉の距離が縮まってゆく 導かれるように差し出した手の平に、永倉からの贈り物が優しく置かれる 「女の子に贈り物なんてしたこと無いから……喜んでもらえるか自信無いけど」 「……新さん。嬉しい!ありがとう新さん!」 夕陽が二人を赤く包み込む 完全に二人だけの世界に入ってしまったと永倉を遠くから見守っている不知火は何度目かのため息を吐き出した 「……はぁ。めんどくせ」 「もぐもぐ……はぁ、やっぱり……んぐ、新さんは素敵だったわ」 「喰うか喋るかどっちかにしろよ……」 永倉から贈られた花林糖を口に含みながら、うっとりとした息を漏らすを 壁に背を預けながら不知火は複雑な表情を浮かべていた 敵同士の男女が叶わぬ恋に身を焦がす……といえば美しく悲しい話に聞こえるが と永倉に限っては、美しさも悲しさも当て嵌まらない 圧倒的に足りないのだ、色気や悲哀が 「だいたい、なんで女への贈り物が花林糖なんだよ」 「私、花林糖大好き!」 「そういう問題じゃねーよ」 好いた相手の贈り物ならば何でも嬉しいのか、それともが能天気なだけか 恐らく、そのどちらもだと結論付けた不知火は 案外二人の未来は明るいかもしれない、と密かに感じた END 新八さん夢「対岸の彼」後日談です。 敵同士なのに恋してしまう話は、なんか悲しくてもどかしい感じが好きなんですが この話は悲壮感とかありません。最終的にはハッピーエンドになりそうですね。 だいぶ前の事なのですが、拍手にて「かっこいい永倉さんを」というリクエストを頂いたのですが、これがそのリクエスト夢という事で……お願いします。 かっこいい場面あったか?と突っ込まれそうですが 私のカッコイイ人の条件=尾行に気付く。なので 尾行に気付いて、かつ知らないフリをして河原まで誘い出した辺りが今回の かっこいいポイントだと思ってもらえれば嬉しいです。 |
|