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『花は舟に乗りて川を行く』

 三日月から滴り落ちる雫を浴びる桜の木が、可愛らしい野花揺れる土手の上にずらりと並んでいる。悠久の時を感じさせる枝に吊るされた雪洞が木を橙に照らし、また、雫の銀に煌めく。橙と銀の化粧した薄ら紅、風が吹けば舞い上がり、金粉散りばめた宵闇の球に貼りつき、嗚呼美しい動く細工。その細工、永遠には続かず、やがて剥がれて地へ落ち、或いは土手を降りた先にある大きな川へ落ちたり遠くに広がる森に吸い込まれたり。

 その美しの木を間近で眺めながら歩くことの出来る道は、多くの妖でいっぱいだ。近くに並ぶ屋台で買った焼き鳥や団子を手に歩く者の姿や、散々飲んで赤ら顔の者も沢山。土手に腰を下ろし、お好み焼きや磯辺餅、山菜の天ぷら等を食しながら話に花咲かす者も少なくない。
 そんな彼等の多くは、小さな―それこそティッシュ箱位の大きさの―木製の舟を所持している。それもまた、近くの屋台で売られているもので売っている店によってそれぞれ細かなデザインが異なる。舟の上には光源もないのに光る筒がついており、光の色や筒に描かれている絵柄も多様だ。青、赤、橙、黄、桔梗、花魁、鶴、牡丹……。
 
 やがて川上からこの花舞う月夜にふさわしい、雅な楽の音が聞こえてくる。その音と共にやって来たのは華やかな行列。  豪奢な衣装に身を包んだ屈強な男達が担ぐのは巨大な『舞台』で、美しい笛や琴の音を春の夜に捧げているのはその上に鎮座している楽人であった。その後ろを巫女装束を身にまとう美しい娘達がゆっくりと歩く。その手に持つのは鈴や細長く切った五色の色布がついた桜の枝。皆目を瞑っているが、誰一人つまずいたりあらぬ方向に進んだり前や隣を歩く人にぶつかる者はいない。更にその後ろには男達の担ぐ舞台の上で舞う女。その後方には錫杖のようなもので川底をつきながら歩く男達の姿。彼等もまた一様に目を瞑っている。その後ろにはまた楽人座る舞台、桜の枝持つ娘、舞姫、男……そうして列は続いている。花より団子、楽よりお喋り、舞よりお酒―そんな者ばかりの妖達ですら、その荘厳で美麗な列を前にぺちゃくちゃお喋りをしたり、飲食したりすることはなく、息することも忘れて魅入る。

 果てない列にも終わりはある。列の最後に現れたのは、川の流れを堰きとめてしまうのではないかと思う程大きな舟だ。
 特別な飾りも無く、それでいて圧倒的な存在感を放つその舟にいるのは一人の女。銀の月を削って造られたかのような豪奢な髪飾りで飾られた頭、幾重にも重ねた着物、その色は春を連想するもの。僅かに覗く両手に持つのは花咲く桜の枝をモチーフに作られたらしい身の丈程もある杖。女は世界を震わせる声で歌っている。歌詞らしい歌詞は無い。それでも不思議と水の神に感謝している気持ちというものがひしひしと伝わってきた。女の乗っている舟はその歌声を原動力に動いており、彼
女が歌うことをやめたり、心無き歌を歌ったりすると舟はぴくりとも動かなくなるらしい。
 ゆっくりと、ゆっくりと列は進み、やがて過ぎ去っていく。そしてその美しい行列が去ったことを確認すると、妖達は一斉に川へと入っていく。そして屋台で購入した舟を川に浮かべ、旅立たせる。川上からも続々と舟が流れてきて、川を夢幻の光で照らす。この舟達が、あの行列を超すことは決してない。

 女の乗る舟に、剥がれた銀橙桃細工がひらひらと落ちていく。一度舟に落ちた花びらは再び舞い上がることなく、女と舟を道連れに静かな旅をする。その後に続く舟の筒の中にもひらり、ひらり、桜の花びら。嗚呼花は舟に乗りて川を行く。そして短い生を夢幻の如き旅で締めくくる。
 この行事はあらゆる恵みを与え給うた水の神に感謝をし、また、これからの一年の吉凶を占うものでもあった。行列の最後を行く舟に、桜の花びらが落ちれば落ちる程良いとされている。

 そして川の向かう先にある森、その中で旅は終わり、舟の中の花びらの数を数え今年の運勢を占った後、舟は妖達の流した舟と共に桜の花ごと燃やす。薄桃、薄桃、薄桃、全ての薄桃合わせれば赤となり、花の中にある命が舟を激しく燃やし、森を侵さんとばかりに巨大な炎を生む。その炎は完全に消えてなくなるまで三日三晩を要する。

 これがとある京にある『桜占(さくらうら)』という行事である。






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