「皇后を捕らえろ」
抜いた剣はエドワードではなく、皇后に向けられた。
「何を!」
自分に向けられた剣が、立場が逆転したことに気が付いたのだろう。ロイだけではなく、エドワードにまで睨み付けた。
「私に皇后よ!こんなことをして許されると思っているの!」
「思っていますよ…貴方はもはや、皇后ではなく、ただの女だ……それも皇帝と皇太子を殺そうとした重罪人だ。こんなに簡単に騙されて尻尾を出すなんて、本当に愚かとしか言いようがない女ですよ、皇后陛下」
連れて行けと、近衛の部下に命令すれば、騙したとロイを罵る罵声が部屋中に響いたが、やがて姿が見えなくなるとその声も聞こえなくなった。
「ロイ……お前」
どうしてこうなったか、騙されていた皇后と同じようにエドワードも皆に騙されていたのだ。
「愚かな女です……良く考えなくても、皇后たちと手を組んで俺たちに利益などないのに」
「お前が……皇帝になるなら、利益がないわけではないだろ」
力が抜けて立っていられなかった。殺されると思っていたのだ、仕方ないだろうと抱きしめていた皇太子をベッドに横たえて、自分も腰を掛けた。
「あいつらが持ちかけた条件は、旧ニューオプティンだった領土、さらに帝国領の分割まで要求ですよ……馬鹿馬鹿しい。更にあんな女を俺の皇后に?確かに公爵家は暗躍するのは好きですが、裏で帝国を動かすのが好きなだけです……だいだい今まで幾らだって簒奪できたけれど、帝位は望んだことはなかったはずです…領土を減らしてまで皇帝になるなんて無意味です。これでも我が一族は帝国第一の軍閥ですよ……侵略することは好きでも、領土を減らすことなんか我慢出来ませんよ」
「そうかもな……」
「でも、陛下は信じましたね……俺が貴方を殺すと、あんな女と俺が結婚までして」
冷たい目で見下ろされて、エドワードは視線を合わせることが出来なかった。
「俺は……それだけのことをしたから」
ロイに憎まれて、殺意を持たれて当然だった。子どもだ子どもだと思って、何も真実を告げず、突き放してた。
「だからこの俺が、貴方を!殺すのですか?」
「憎んでるんだろう……?俺を」
ロイが何に対して怒っているのか分からなくて、騙されていた時以上に困惑した。
「俺がどうしてこんな面倒なことをしたと、思っているんですか!?」
「それは……」
「実家の利益のため……?馬鹿馬鹿しい!貴方はそう言いたいでしょう!実際父たちはそうでしょう!……でも、俺は違います」
エドワードを騙してまで、皇后をはめたのは、決して実家のためでも何でもない。そう、殺意さえ感じさせる視線でエドワードをなじった。
「俺は……貴方が憎いんです!……憎くて、憎くて……いっそ、貴方をこの手で殺せたら……」
ロイの腕が伸びてくる。少年だったあの頃とは違って鍛え上げられた軍人の手をしていた。
「ロイ」
立場さえ忘れられたら、エドワードはロイに殺されても構わなかった。皇帝でさえなかったら。何度そう思っただろうか。そしてそれはロイも同じだろう。
「憎くて、憎くて、でもっ……!」
ロイの手がエドワードの首に絡まる。だが、そのまま力なく、腕を落として跪いた。
「でも!まだ愛しているんですっ……貴方は、こんなに、酷い人なのに」
「ロイっ!駄目だ」
言い聞かせるように、なるべく穏やかに言ったつもりだった。なんて馬鹿なことをとは言わなかった。例え、自分が驚愕のあまり呼吸を忘れそうになっていたも、皇帝らしく、昔簡単にロイを切り捨てたあの頃のように自分を保つために。
「俺は…皇帝だ。お前に返せる気持ちなんか!」
そんなものは許されていない。
広大な帝国を維持していくために、個人の気持など許されない。
エドワードは皇帝で、ロイはいずれ帝国屈指の公爵家を継ぐ立場だ。
何も許されない。
「俺はお前に酷いことをした!…そのまま憎んでいてくれ!」
皇帝として自分の立場を誰よりも理解していた。
だが失敗したことは、この目の前の少年、いた、もう少年とは呼べない。もう立派な青年になっている。
皇太子を生むのなら、元老院に押し付けられた男たちの中から選ぶべきだった。帝国のためと言いながら、目の前の青年を選んでしまったことが、エドワードの間違いだった。
「良いんです!……」
ロイの叫び声が胸に痛い。
「愛人で良いんです!種馬になれというならなります!……貴方とそばに居させて下さい…どうか」
「ロイ……」
遠い昔は皇后でさえも近づけないで欲しいと願った少年が、愛人にしてほしいと頼む。
「ロイ……お前はこれから結婚して」
婚約者がいたはずだった。公爵家として体裁の好い。
「他の誰にも触れて欲しくないんです!……触れないで欲しいんです。他の男の子なんか生まないで欲しい!俺は結婚なんかしません」
ちゃんとした実子が、きちんと自分の子どもと呼べる後継ぎができるはずだ。
「どうして……憎んだままにしておかないんだ。俺と一緒にいたって、幸せになれない」
「あの女…愚かな女です…俺と同じように」
「え?」
「あの女も俺も同じようなものだ。本当はきっと、皇后も貴方を愛していた。ただ、貴方に愛されず、逆に憎んだ。おの女は、俺を鏡に写したように思えた……」
ロイはエドワードに捨てられ、皇后との間にできた皇太子の存在を疎んだ。
「でも、嬉しかった。皇太子殿下が俺の子で……あの女の子どもではなくて、貴方が選んだのが俺で…血統としての価値でも、俺を選んでくれて嬉しかったんです。他の男の子どもを産まないでくれて」
そんなふうに笑わないで欲しい。ただ、利用しただけだったのに。ロイだったら抱かれても我慢できると思ったから。ただそれだけだったのに。
エドワードを欲しがるロイの気持を弄んだ。
「皇后と同じにならなかったのは、貴方が俺を選んでくれたから…愛していただけなくても、少なくても、元老院が差し出した男よりも俺を選んでくれた……それで十分でした」
「十分だなんて!っそんな悲しいことを言うなよ!」
もっと違う人生が送れたのに。少年時代を無茶苦茶にしたのに。
だけどこれからやり直すことができる。なのに、エドワードの傍にいたらそれもできない。また同じ思いをさせることになってしまう。
「愛人で良いんです!……他の男に抱かれる貴方を見たくない!どうか俺をそばに置いてください」
「駄目だ!お前は覚えていないのか!…俺がお前を捨てた時のこと!きっと同じことを俺はするぞ!」
「貴方は皇帝です。覚悟はできています」
「一生、お前は自分の子どもを、自分の子どもだとは言えない」
「分かっています」
「分かってない!俺が嫌なんだ!」
恋人だとも言えない。一生ロイは日陰の身でしかない。誰よりも可愛がった少年をこれ以上、エドワードの身勝手で振り回すことをしたくなかった。
「俺は……お前を利用することしかできないっ!」
「それで良いんです!」
「ロイ…勝手だけど、俺は……お前に幸せになって欲しかった」
自分が一番彼を傷つけたくせに、それと矛盾する思いで、エドワードはロイの幸せを願った。
このまま彼を自分の傍にいさせたら、また過去の二の舞だ。同じ思いをさえるくらいなら、傍に居させてはならない。
自分は少年だった頃のささやかなロイの願いうら叶えてやれなかった。皇帝といっても、いや、皇帝だからこそその地位に縛られる。
「愛しています…俺のことなんか考えないでください。ただ俺だけをそばに置いてくれれば……なんの言葉も約束も欲しがりません」
「ロイ……お前は馬鹿だ」
例え彼だけ傍に置くとしても、本当にただそれだけしかできない。それなのに、全てを分かっていて、それをロイは望む。
「俺は……昔からお前のお願いに弱いんだ、ロイ」
「陛下」
「だから、できるだけは叶えてやりたいって、そう」
抱きしめられて、ロイの言った通りもうそれ以上言葉はいらなかった。



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