<拍手御礼SSその2>
「やー、ナナちゃんは今日もかーわいいねぇ」
自分よりも頭一つ以上小さい少女を抱きしめれば、横面に刺すような視線を感じた。
見ればこの灰色の森(グラオバルト)の領主である幼馴染が、これでもかというほどに目を怒らせている。
それを分かった上で、ベルンハルドは少女――とは言っても実年齢はベルンハルドより年上なのだが――を抱き締める腕に力を込めた。
「ちっちゃくてやーらかくて女の子ってカンジ? ホーントかーわいいねぇ」
抱き上げ頬擦りをしそうな勢いのベルンハルドに、領主は赤い目を剣呑に尖らせる。
それに喉を鳴らせば、再び横面に感じる視線。
けれども先程とは違い敵意は含まれておらず、ベルンハルドは首を傾げる。
「んー?」
視線の主は胸に閉じ込めた少女だった。少しだけ首を傾げるベルンハルド。
その拍子に、暗緑色の髪の毛がさらりと揺れた。
「なぁにナナちゃん、痛かった?」
『ベルは』
少女――ナナカの唇から零れたのは、鈴を鳴らすような音だった。
それが発したのは耳に馴染まない音で、ともすれば呪文の詠唱とも取れるものだった。
恐らくリィは分からないだろう――とベルンハルドは思う。
恐らく『半分』だけの自分か、もしくは同属でなければ、分からないだろうと。
『分かっててやってるのよね?』
そう訊ねる少女の右薬指には、銀色に光る環が一つ。
言葉と銀環に、ベルンハルドはくすくすと笑いを零す。
『そうダよ』
ぱちくり、と瞬く双眸は光の加減で黒曜石にも紅玉にもなる。
自分とは大違いだな、と笑みを苦いものに変えながら、ベルンハルドは続ける。
『あァ、カタコトなノは勘弁シてネ? 風デ捉えるダけダから、俺デも常世ノ発音は上手くデきなくてサ』
『大丈夫、上手よベル』
『ありガとう。こうシて話スッてコトは、リィには効かれたくナイのカナ?』
横目でちらりと伺えば、そこにはきょとんとした表情を浮かべている。
『常世』の発音は特殊で、常夜の民は聞き取れないことが多い。
ベルンハルドがそれを理解し、また扱えるのは、彼に半分だけ流れている血のおかげだった。
その仲立ちが無ければ自分も分からないだろう――と苦笑する。
『そうね。あまり聞かれたくはない……のかもしれない』
『疑問系デスカ』
『んー、別に聞かれたっていいんだけどね。ただ、ベルがこうやってあたしに絡んでくるのって』
下から見上げてくる、不思議な色の双眸。
子供のように無邪気に笑ったかと思えば、老人のような老衰した色を浮かべることができるそれ。
そこに写る自分に笑いかけながら、ベルンハルドは続きを待つ。
『――イオリの前で、だけだから』
『あははなんダ、バれてたんダ』
『流石に、ね』
苦笑するナナカを抱く力を込めながら、ベルンハルドは喉で笑う。
まるで猫のようなその動作に、ナナカも小さく笑いを浮かべた。
取り残された領主だけが、面白く無さそうな顔をする。
『やッぱり反応ガ楽しいからネェ。つい』
『意地が悪いのね、ベルったら』
『そう? これデも控えてるんダけドネ』
くすくすと笑いながら、ベルンハルドはナナカの顔を覗きこむ。
――傍から見れば、恋人同士がするかのような動作。
『デも、それはナナちゃんも同ジデショ。わザと常世の言葉ヲ使うんダもん』
『あら』
同じように、ナナカも笑う。
『こっちの方が話しやすいかと思ったのよ』
だって、ベルはイオリの前で本音を言いたくないでしょう?
その幼い顔に人を食ったような笑みを浮かべて、ナナカはそう言った。
今度はベルンハルドが目を瞬かせる番だった。
『まいったなァ、そっちもバれてたノか』
『あはは、伊達に長く生きてないのよ?』
『まァ、概ねそれデ正解。
イイコトダろうとワルイコトダろうと、俺はリィにそゆこと聞かれたくナイよ』
『でしょうね。やっぱりベルは意地悪だわ。
――それじゃあイオリが機嫌悪くなるだけじゃない』
『それはナナちゃんも、デしょうガ』
『お互い様ね、じゃあ』
「そだね」
秘密を共有しているのがなんだか楽しくて、ベルンハルドは声をあげて笑う。
――それで本格的に臍を曲げた領主が大魔道士に本を投げるまで、あと三秒。
。。。「いじわるな」。。。 | | 拍手、どうもありがとうございました!! |
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