<拍手御礼SSその4>

 冷たい雨が窓に当たる音がする。
 その音に背を向けて、ミストは書類に目を向けていた。
 どうでもいいようなものから、重要なものまで。
 その全てに目を通しながら、無意識のうちに溜息を吐く。
 それと同時に、ノックの音がした。
「……入れ」
「こんばんわ」
 顔を出したのは、窺うような表情をした金髪の青年。
 幼い顔に一瞥をくれて――何せ彼の実年齢はミストよりも上だ――ミストは不機嫌な声を出す。
「何だ」
「疲れてるでしょ?」
「……それで?」
「コーヒー、持ってきたんだけど」
 見れば、青年――サイサリスは器用に片手に二個、マグカップを持っている。
 それからもう一度顔を見て、ミストは盛大に溜息を吐いた。
 それを肯定と受け取って、サイサリスはミストの傍へと向かう。
 机の上に微かに空いたスペースに片方を置き、もう片方を両手で持った。
「お仕事、お疲れ様」
「別に……いつものことだし」
 サイサリスと同じようにマグカップを口に運び、中身を嚥下するミスト。
 その様子を横眼で眺めていれば、不意に黒と視線が絡んだ。
 少しだけ不機嫌なそれが、「何だ」と問うてくる。
「……んと、ね」
「何だ。早く言え。俺は暇じゃない」
「大丈夫かなー、って思って」
「何が」
「……怒らない? 言っても絶対怒らない?」
「何だその念の押し様は……怒らないから、とっとと言え」
 黒が手元のマグカップの中身を見る。
 それを契機に、サイサリスは息を吸い込んだ。
「大丈夫かな、って思って」
「……何が。最大級に訳が分からんのだが」
「や、だってね」
 眉根を寄せるミストに、サイサリスは苦笑染みた表情を浮かべる。 
 それからその鮮やかな翠の双眸を、静かに伏せて。
「――雨、苦手でしょ?」
「っ!!」
 その一言に、ミストは弾かれたようにサイサリスを見る。
 サイサリスは目を伏せ、静かに微笑んでいる。
「誰、からっ……」
「ジーン。ジーンも、あんまり得意じゃないみたいだけど」
 机に寄り掛かりながら、サイサリスは横目でミストを見やる。 
 焦ったような、驚いたような、そんな表情。
 少し言葉を選ばないとな、とぼんやり考える。
 ――傷つけたい訳では、決してないのだから。
「や、俺も苦手なんだよねー。鬱陶しいしさ、洗濯物乾かないし」
 わざと明るい声を出せば、背中でライターをする音が聞こえた。
 しばしの沈黙の後、煙を吐き出したのであろう吐息が鼓膜を叩く。
 どういう表情をしているのかが怖くて、後ろは振り返れなかった。
「早く晴れればいいんだけど、予報じゃ今週一杯雨だっていうし」
「サイサリス」
「ん? 何ミスト」
「こっち向け、阿呆」
「えー、阿呆って酷くないー?」
 あはは、と笑いながら振り返れば、そこには悪戯っ子の笑み。 
 紅を入れずとも赤い唇が、にぃと歪んで。
「うそつき」
 そう、吐き捨てた。
 思わずサイサリスは目を見開く。マグカップを落とさなかった自分を褒めたい、とぼんやり思う。
 それから肩を竦めて、無意識に止めていた息を吐き出す。
「……なん、で?」
「テメェの嘘は見え透いてる……何でもない奴があんな顔、するワケねぇだろ」
「あんな顔って」
「ジーンと同じ顔、と言えば納得するか? あれは」
 傷が痛む顔だ。
 紫煙と一緒にそれを吐き出して、ミストは黒い双眸でサイサリスを見据える。
 驚いた翠は泣きそうに歪んで、それから無理矢理笑みを浮かべてみせる。
 全く仕方ないなと、心の中で呟いた。
 それから口の端に、小さな笑みを浮かべて。
「まぁいい、丁度仕事に飽いて来た所だ――話し相手くらいには、なれるだろ?」
 言われた通りに、雨は苦手だった。思い出さなくていいことばかり思い出すから。
 返答を待つ間、(傷を舐め合う訳じゃねェけど)と自分に言い聞かせるように、呟く。 
 こういうのも、悪くないだろう? と。
「まぁ、それくらいなら俺でも出来るかなぁ」
 泣き笑いで呟いたサイサリスの為に、ミストは机の上の書類を脇へと寄せた。
 雨音はもう、気にならない。
 
。。。「えきうのよる」。。。
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