最近の子は、なんでこんなにマセとるんやろか。
生徒の本気 先生の憂鬱。
― 白石篇 ―
夏休みの昼下がり、教諭と部活動で登校する生徒以外は居ない校内。
そんな静かな校内に、保健室のドアをノックする音は案外に大きく聞えるものだ。
「どうぞ、開いてますよ」
ノックだけでは相手が分らない為、万が一校長先生や先輩の先生方とかだと拙いので一応敬語で告げる。
そして開けられたドアから入って来た生徒に俺は、またかと溜息を吐く。
「白石君、また君なん」
「何や、そないに邪険に扱わんとってや」
俺の溜息にも動じる事無く、余裕で笑みを見せるのは三年生の白石蔵ノ介だ。
保健医の俺と三年生の保健委員である彼とは、顔を合わせる機会も多い。
漸く研修期間を終え、今年から臨時で来ている自分に、話しかけてくれるのは正直嬉しい。
嬉しいのだが、彼が保健委員としてではなく、個人でこの保健室を訪れる頻度が半端ではないのがちょっと現在悩みの種だ。
「先生、まだ昼飯食べてないなら、一緒に食べてもええですか?」
机の上に置いている、手の付けられていない教職用弁当を一瞥し、
にこりと、女性徒に絶大な人気を誇るスマイルを惜しむ事無く披露してくる白石に俺はゲンナリと肩を落とす。
「あんな、部活の他の子はどないしたん?白石君、部長さんやろ?」
言外に他の部員と食べてくれ。と訴えて見るが、
予想範囲内だったのか、白石は更に笑顔を深くする。
「他の部員は、昼飯は各自で済ませて来るから俺一人なんですわ」
「……なら何で、白石君は家で食べへんの?」
「先生、わざと訊いとるん?」
白石の声のトーンの変化に踏んではならない地雷を、うっかり踏んだと理解した俺はだらだらと冷や汗を流す。
流石に、此処まであからさまな言動に、気付かない程鈍くない。
しかしながら、気付いたら気付いたで大問題も発生する訳で、
俺は極力気付かない振りをしていたのだが、先程の失言でそんな今迄の苦労も水の泡となり。
ど、どないしたらええんやろか…
うっかりで踏んだ地雷を今更、元に戻せる訳でも無い。
こうなったら成る様になるさ!
そう覚悟を決めた俺は視線を彷徨わせながら、たどたどしく口を開く。
「……俺は先生で、君は生徒や。ちゃんと理解して」
「そんなん理解しとるで。なぁ、先生はどうなん?」
「どうって…」
「俺の事、どうでもえぇって思うとる?それとも気色悪いヤツやて軽蔑する?」
切ない視線で俺を見詰め、不安げに告げる白石に、勢いよく首を左右に振る。
「な!そんな事する訳ないやろ!!」
「ホンマに?」
「ホンマやっ!!絶対軽蔑なんかせぇへん!!」
「おおきに、先生」
そう言って、綺麗な笑顔を見せる白石に思わず見蕩れた俺だったが。
「せやったら、一緒に昼飯ええですよね」
手を握られ、そう告げられると、何故か謀られた気がしてならないのは気の所為か。
多分、気の所為だと……心底願う。
上機嫌で昼食を摂る白石とは逆に、教職用の安い弁当を箸でつつく俺のテンションは当たり前だが低い。
食欲の湧かない所為か結構な時間を掛け、チマチマとおかずを口に運ぶ。
先に食べ終えた白石は、そんな俺をじっと眺めていたりする訳で、その視線に晒され余計に食べ難い。
「白石君、そんなに見られたら、めっさ食べ難いんやけど」
「先生の指って、綺麗やなぁ」
「お、おおきに」
俺の訴えをナチュラルに無視された挙句、唐突にそんな事を言われ戸惑う。
指が綺麗だなんて生まれて初めて言われた台詞に、
どう反応していいのか分らず照れたように礼を言うと、白石は穏やかに目を細める。
「なぁ、先生」
まるで囁くような甘い声で俺の左手を取り、ゆっくりと掌から指先まで確かめるように撫でる。
その感触に、自然に背筋が伸び上がり、右手に持つ箸を落としてしまう。
「ちょっ、し、しらいし…」
これは拙いと、制止の声を上げかけた俺は、口を開けたままの状態でフリーズする羽目になる。
その原因は白石が、俺の左手薬指に軽く口付けを落としたからで。
唇を指から離した白石は、そのまま視線だけを俺に向ける。
「いつか、この指に似合う指輪プレゼントしたるから」
口角を上げ、ニヤリと笑う白石を、俺は呆然と見詰めた。
キスされた指が酷く熱を持つのは、錯覚だと分っていてもどうしようも無く。
熱烈な台詞に、指だけでなく顔も一気に熱を持つ。
そんな俺の表情が愉快だったのか、白石が目を細め微笑う。
「それまで絶対に、他の指輪なんかせんとってや」
そう告げると。
まるで誓うようにもう一度
薬指に恭しく口付けた。
09.08.11
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