出逢ったことを後悔してないかと問われれば、
していないと即座に答えられることだろう。
もし後悔しているのなら、俺は今ここにいない。
ただの人と同じように天寿を全うし、死という契機を手に入れて、
君とは全く違う世界で生きることを選ぶこともできたから。


一体、男勝りもいいところだった君のどこに惹かれたのか、
実は今でもよくわからない。
もしかしたら、儚かった母と比べて、君なら死ぬこともないと踏んだからかもしれない。
それでも、それだけではとても理由になっていない。
己の運命を枉げてまで、生の理を枉げてまで、
君の側にいたいと望んだ理由にはなっていない。


傷だらけで谷川を流れてきたときのことを、今でもよく覚えているよ。
赤い血が君を守るように川面に広がり、紅い髪が美しく光に反射していた。
久しぶりに美しいものを見たと思った。
思えば、単なる一目惚れだったのかもしれない。
いや、その前からとうに俺は君を好きになっていた。
ただ一度、俺は君と出逢ったことがある。
君が紅い目でぼんやりと俺を見つめたとき、俺は思い出したんだよ。
この俺が幼い時。この世の全てが敵だと思っていたとき。
唯一他人に助けられた記憶を。


君が生きていてくれてよかった。
もう二度と出逢うこともないと思っていたけれど、
そう、思い出すことすらなくなっていたけれど、
俺は君に人としての心をこの世に繋ぎとめてもらったんだ。
思い出すことが出来て、よかった。
自分が生きようと決めた日のことを。


そうだね。
俺はきっと君の強さに惹かれたんだ。
何者にも屈しないその正義感と優しさ。
君は撓むことも歪むこともなく真っ直ぐに生きている。
だけど、それだけに君はとても弱い。
そんな弱さが、俺は心の底から好きだよ。
君が真っ直ぐに己の道を歩んでいくためなら、
俺は全てを投げ出しても良いとさえ思っていたんだ。


自分の存在が、君の重荷になっているなんて思いたくなかった。
自分の存在が、君の真っ直ぐな心を撓ませ、歪ませているなんて思いたくなかった。
君は、俺の唯一の女神。
きっと、どこかで理想化し続けてた。
自分でも気づかないほどに、愛することと崇拝することをいつの間にか履き違えてた。
苦しめたくなどなかったのに。
泣かせたくなど、なかったのに。


もう泣くなよ。
苦しげな顔して笑うなよ。
そんな表情をさせるために、俺は君の側にいたかったんじゃない。


じゃあ、何のために?


愛優妃様、教えてください。
これも、愛するということなのでしょうか?












宏希


我を失いそうになると、決まって君が現れる。
もう死んでもいいやと思った時に限って、君は俺に手を差し伸べる。
人の生は、苦しみの連続ではないのだと説きはじめる。
誰が言ったって、俺の心にそんなありきたりな言葉が届くわけはないのに、
君の声だけは魂に溶けこむように、時に揺さぶるように、
俺の迷い疲れた心を叱咤する。


まるで俺は君に助けられるために生きているかのよう。
俺自身は君を苦しめることしか出来ないのに、どうして俺たちは出会ってしまうのだろう。


約束をした。
生まれ変わった君を探すと。
そんな約束さえも、俺は自分の生と共に投げ出そうとしていた。
苦しげに笑いながら、君が俺を生かすために紡いだ嘘。
生まれ変わってしまったら、君も俺も、全てを忘れている。
それが命の理。
それを分かっていて、君は探してほしいと俺に頼んだ。
俺は君が何もかもを覚えていると信じて、その願いを託された。
そんなこと、ありえないと分かっていながら。
騙されたかったんだ。
君が、初めて優しくない嘘をついたから。


君のいない世界は、生きるに値しないものだったよ。
どうして君のいない世界に生き残らなきゃならないんだと、何度も何度も自問した。
答えは君の声で聞こえてくる。


「また、逢いたい」


優しく、穏やかな声で、死の間際そう呟いた君の声だけが、
誰もいない世界でそっと囁く。


例え世界が滅んでしまっても、俺にとってはどうでもいいこと。
君との約束さえなければ。
君はいつだって俺のことを支配している。
死んだあとでも、俺の命を握っている。
女神なんだ。
分かっていて、俺は俺の魂を君に預けた。
返してほしいなんて、これっぽっちも思ってはいない。


だから、せめて一つくらい、俺にも君の願いを叶えさせてくれないか?
一度くらい、俺のために心の底から微笑む君を見たい。


我を失いそうになると、決まって君が現れる。
ただの人間にはあまりにも永い、永い時。
神の娘である君にとっては一瞬でしかないのかもしれないけれど、
俺にとっては永遠にも等しい時。


俺はその永遠を、君の曇りない笑顔を見たいがために生きている。











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