あなたのおもちゃ/空の境界・未来福音(拍手お礼小話①)
「こんにちは、ミツルさん……忙しそうですね? 最も、お仕事ではなさそうだけど」
軽やかに事務所のドアを開けた少女は落ち着いた台詞とは裏腹に少々驚いたように目を見張っている。
少女の視線の先――長年片付けていなかった本棚をひっくり返しての大掃除をしていた私を見つめて、はてなと小首を傾げる姿は歳相応に可愛らしい。
最も、その少女が天使のごとし外観に小悪魔のごとし才覚を秘めていることを知っている身からすると、見惚れるというよりは警戒心が先に立ってしまうのだが。
少女――両儀未那嬢は軽い足取りでこちらへ近づき、床に座り込んでいた私とその周囲を覗き込む。
「ミツルさんがお掃除しているところって初めて見ました。そんなに退屈なのかしら? お仕事、暇なの?」
「おかげさまでこのところ素うどんで食い繋いでいるくらいにはね」
多少の皮肉を込めて返してやるが、少女はそれをものともせずに受け止める。まあ、なんて時代錯誤なお嬢様言葉を使いこなしながら。
「ミツルさんって、やっぱりパパに似てますね」
「………そうか」
なんともコメントのしようがない返答に頷くことしか出来ない。
「お母様からの差し入れがなければ栄養失調で倒れそうなくらい貧乏だったんですって。でもミツルさんは大変ね。すてきな人がいないか……そうだわ、わたしが――」
「遠慮しておく」
決定的な台詞が出る前に予防線を張る。すると未那はぷう、と頬を膨らませてしまった。
「ひどいわミツルさん。確かにお料理はあまりしたことがないけど、お母様の娘よ? 練習すればきっと前に行った料亭くらいの腕前になってみせてよ?」
「そうなるまでの過程が大問題だ。誰にその料理を習うつもりだ」
「え? そんなの、お母様に決まっているじゃない」
「それが大問題だから、遠慮するんだ」
「そうかしら。お母様だって昔はパパの為に三段重ねのお重で差し入れを作ったっていうけれど」
……常々、あの閻魔のごとしボスは旦那には甘々らしい。
「まだお重は難しいでしょうけど、美味しいお弁当とデザートを作ってきてみせるわ。楽しみにしててね、ミツルさん」
先ほどの私の発言を全て切り捨てた上でこの心からの笑顔を浮かべられるのだから、全くどうしようもない子供だ。
「……せめて、デザートはよしてくれ」
そうして、結局その甘美な誘惑を受け入れてしまう私もまた、どうしようもない大人なのだと思いながら。
END
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